本屋を航り、本とともに人生を渡る方の話を聞いていく連載企画『本屋を航る、本屋と渡る』
第九回は『UNITÉ』の大森さんにご紹介いただいた、三軒茶屋の『twililight』の熊谷充紘さんにお話を伺った。
ビルが立ち並ぶ道を進み、パン屋の横にある細い階段を登って3階に着くと、ほの暗い店内に暖色の光が灯り、大きな窓から自然光が注ぐ。その静謐な空間では、本を探したり、展示を見たり、お茶を飲んだり、思い思いに時間を過ごすことができる。
―twililightを始めたきっかけを教えてください。
もともとフリーランスで書籍の編集や展示の企画をしていたところ、2021年の11月に、一緒にイベントなどをして仲が良かったカフェ「nicolas」から「上のフロアが空いたから何かやらない?」って電話がかかってきたんです。
それまではいろんな場所で活動していて店を持ちたいと思ったこともなかったから、青天の霹靂でした。
だけど「nicolas」が声をかけてくれたことがうれしくて、一旦、12月に物件を見に行くことにしたんです。
初めて来たとき、ここは何にもないスケルトンの状態で、電気も通っていないから薄暗かったんだけど、茶沢通り沿いの大きな窓と天窓から日の光が入ってきていて、その感じがとてもきれいだったんです。
屋上もあって、こういう場所なら気持ちよく、楽しく店をやれるかもと思って決めました。
当時住んでいた愛知から翌年の1月に引っ越してきて、2月から内装工事をして、3月11日に開店しました。
―本屋をやると決めてから開店までわずか3カ月と短いですが、3月11日の開店にこだわった理由はあるのでしょうか。
3月11日は自分にとってきっかけの日なんです。
13年前のその日は僕が前に勤めていた会社の最終出社日で、東日本大震災が起きました。
次の日からフリーランスでやろうって思っていたところに震災が起きて、自分が寄りかかれるものは本当にないんだと実感した日でした。日本が大きく変わる転換点だと思ったし、その日からまだ何も終わっていないのに2021年に10年を迎えてどこか区切りをつけられてしまったように感じていた。
だから12月にやると決めた段階で、この店は始められるなら3月11日に始めようと、あの日からまだずっと続いているんだよという気持ちで、一気に準備を進めました。
―書店だけでなく、カフェやギャラリーを一緒に経営しようと決めたのはなぜですか。
コロナ禍でずっと部屋に閉じこもっていたときに、自意識だけが肥大していって、もう何がなんだかわからなくなるような、自分の輪郭がぼやけちゃうような感覚があったんですよね。
そのとき、誰かと一緒にいるっていうのは大切なんだなと思ったんです。喋らなくてもいいんだけど、他人がいて、安心して過ごせる空間があることで、自分の中に溜まった何かを消化できる。そんな場所を自分は求めてるなって。例えば図書館とかもそうですよね。
そういう空間を作りたいという気持ちがまずあって、自分にとって好きな空間として思い浮かんだのが本屋とカフェとギャラリーでした。
僕は店を持った経験もないし、どれか1つの専門家でもないけど、これまで生きてきて触れてきた経験を総動員して、好きなものを全部いいとこ取りしてみたらなんとかなるんじゃないかと思って、その3つを一緒にやることにしました。だから本屋の売り上げをサポートするためにギャラリーとカフェをやっているんじゃなくて、3つが渾然一体となった空間をやりたくて始めました。
―twililightという店名の由来はなんでしょうか。
屋上があるから空に近い名前がいいかなと思いました。そこでまず思い浮かんだのがtwilight。1日で1番空がきれいな時間帯で、大好きな言葉でもある。でもそのままtwilightにするとかっこよすぎるし、恐れ多いからどうしようかなって考えていた。
黄昏時に空を見ながらボケっとしていると、自分はちっぽけだと痛感して、もう何もいらないような気持ちになるんですよね。でも、そのうちにだんだんやりたいことが思い浮かんでくる。
そういう、もう何もやらなくてもいいと思いながらも何かをやりたくなっちゃう人間の愛しさや愚かさみたいなものを、twilightに何か余計なものを付け加えて込められたらいいなと思いました。
そんなとき、世田谷線で子どもが三軒茶屋のことを「さんじゃんじゃや!」って言っているのを聞いて、その響きがいいなと。
経験のない僕が店を始めてうまくいくはずないけど、それでもやっていいんだという思いを伝えたかったんですよね。失敗を恐れるあまり挑戦しない風潮を感じていたので。だから、鼻歌みたいな、気楽な感じになればいいなと思って、「さんじゃんじゃや」を参考に、1つ余計な「li」を付け加えてtwililight(トワイライライト)にしました。
―お店の内装はどうやって決めましたか。
まず、自分の中で印象的だった日の光を生かしたいというのはあったので、光の動線を邪魔しないことを第一に考えました。それからキッチンや天井、ギャラリーなど新しく作った部分はあるのですが、ピカピカの空間は自分にとっても落ち着かない。だから元々あったお風呂場のタイルや、コンクリートの壁、赤い柱などは手をつけずにそのまま残して、今までとこれからの時間が融合しているように感じられると居心地がいい場所になるだろうと考えて、余白のある空間をベースに内装を決めていきました。インターネットで簡単に買い物ができる今、店に来てもらうことは1つの体験だと思うので、モノを売る場所でありつつ、ここで過ごす時間を提供しているという気持ちが強いです。だから、光や音楽、空気や雰囲気みたいなものをとても大切にしています。
―選書のこだわりはありますか。
強いこだわりというものはないですね。最初は本の仕入れ方も分からなかったから、京都の「誠光社」や名古屋の「ON READING」に仕入れ方を聞きました。まずは詩や外国文学、文化人類学、ケアなどの自分が好きな本、興味がある本、読んだことがある本を並べました。自分が本屋の経験がないからといって、本屋を始めたらお客さんにとってはそんなこと関係ないですから、お客さんに何か聞かれた時にちゃんと自分で説明できる本であることが大切だと思いました。
始めてからは、お客さんがどんな本を手に取って、買ってくれるかを見て、本を追加していきました。やっぱり店は開かれていて、お客さんあってのものなんですよね。
実際に言葉を交わすことはそんなに多くはないけれど、自分はこういう本が好きですが、あなたはどうですかというふうに、お客さんと会話をするようにして広げていった感じがありますし、お客さんに教えてもらって仕入れるようになった本もたくさんあります。だから選書はお客さんとのやりとりの結晶で、その時その時によって変わり続けるものだと思います。だからここはわたしの本屋であり、あなたの本屋でもある。
最初は2000冊から始めて今は5500冊くらい。随分増えたようにも思うけれど、一人のお客さんが遠方に引越しをされたら生態系が変わるくらいの肌感覚で選書しています。
その中で、twililightは基本的に取次(註)と契約せずに本を買い取っているので、返品できないんです。だから、ずっとここにあってもいいと思う本を選んでいます。僕が好きな作家の本は全部そろっていたり、偏っているとは思いますが、そういうところがもしかしたら個性につながるのかもしれません。
(註)取次は出版社と書店をつなぐ流通会社。取次と契約している場合、書籍の販売形態は委託販売になり、売れなかった書籍は取次を介して出版社へ返品できる。
―熊谷さんは小さい頃から本が好きだったのでしょうか。
そうですね。実家が愛知県豊田市で、トヨタ自動車の城下町みたいなところなんです。
だから周りは自動車関連の仕事に就職していく人が多く、個人的には世界が狭いように感じていました。
そのときに翻訳家の柴田元幸さんが訳したポール・オースターというアメリカの小説家の作品を読んだら、時代や国は違っても自分と同じようなことを感じてる人がいるんだと気づいて、世界が広がったような気がした。
そんなふうに、閉塞感に包まれていた中学生くらいのときから文学、特に海外文学に救われることがよくありました。
―本の魅力は何だと思いますか。
やっぱり自分の居場所になることじゃないでしょうか。
どんなに慌ただしく過ごしていても、本を開けば、誰にも邪魔されない自分だけの時間が流れる。
だから、電車や雑踏の中でもそれさえあれば大丈夫っていうお守りみたいなものだと思います。
―本屋を営む上で大切にしていることはなんですか。
twililightでは、本屋だけじゃなくカフェもギャラリーも屋上も含めて、この場所で過ごす体験や時間を提供しているつもりです。だから、お客さんがブラブラしたり、立ち止まったり、ぼんやりできる場所であることを大切にしています。
ぐるぐると本を見て回って今自分がどんなことに興味があるのかを知り、カフェでぼんやりして思考を育んで、ギャラリーの作品を見て何を感じるか自分と対話する。
そういうふうに、ぼーっとして上の空になったり、考えをもてあそんだり、決断を先送りしたり、サボったり。ここに来たときは時間を豊かに体験してもらいたいです。
―twililightを始める前から展示を企画するお仕事をされていたそうですが、ギャラリーを設ける理由はなんですか。
作品が飾ってあるとそこで立ち止まる理由ができますよね。忙しない日常、情報に溢れる社会の流れに杭を打つような役割がギャラリーにはあると思っています。芸術というものに興味がないと思っている方でも、ふと壁に展示している作品が目に入って、なんか良いなと思ったりする。そこで立ち止まって、なんで良いと思ったんだろうと作品を見ながら自分と対話する。そんな時間を提供できたらと思っています。
また、作品や作り手の存在を身近に感じて、自分も作りたいって思ってもらえたらいいなという気持ちがあります。
作り手になることで視点が変わることってあると思っていて。例えば本の作り手になったら、印刷費がどれくらいかかるとか、印刷屋さんやデザイナーの力が必要なこととか、消費者の立場では見えていなかったことに気付きますよね。そしたら本の見方も変わると思います。野菜とかもそう。どれだけ作ることが大変か。そこにどれだけ喜びがあるか。消費者から生産者になることで生きている手応えを感じられると思うんです。手ごえたえがあることで、受け身のままでは見えていなかった世界が見えてくる。
ギャラリーがあることで、何かを作ることをもっと身近に感じてもらいたいですね。
―twililightでは出版もされていますが、そのきっかけはなんでしたか。
コロナの影響で予定していたイベントや展示が全部白紙になったとき、芥川賞作家の柴崎友香さんがダンスロックバンド・ROVOの日比谷野音ライブをひたすら書いた「宇宙の日」という作品を、小さい冊子にして出版させてもらいました。
自分自身ライブに行きたくなっていたし、本を通してライブを体験できたらいいなと思った。それが出版を始めたきっかけですね。
その本を見た翻訳家の柴田元幸さんが声をかけてくれて、バリー・ユアグローというニューヨーク在住の作家がコロナ禍で正気を保つために書いた寓話を集めて『ボッティチェリ』というZINEを作りました。世界同時進行で起こっている災禍についてこうして同時期に読めることの有り難さを感じました。同時に、翻訳の力、物語の力をあらためて感じました。生きる支えになってくれる。そして本は記録として、きっと自分の死後まで残ってくれる。その手応えが、現在に続く出版の原動力になっています。店を始めてからISBN付きの本を7冊、ISBNのないリトルプレスを3冊、刊行しています。
―本屋にカフェ、ギャラリーに出版と大忙しですね。
全部好きでやっているので、そんなに忙しいと感じたことはないですね。忙しいのは本当に苦手なので、自分が忙しいと感じないように、休み休みやっています。
いい本をもっとたくさん並べたいし、後世に残す意義のある本を出版していきたいし、展示もイベントもやりたいことが思い浮かんでくる。
そんなふうに自然と楽しそうだと思ったことを、屋上でさぼったりもしながら無理なくやっています。これからも、本屋、カフェ、ギャラリー、イベント、出版をどれも手を抜くことなくやり続けたいですし、自分が変われば店も変わると思うから、どんな店にもなっていけると思う。可能性はまだまだあると思うので、こういう店だと決めつけることなく、臨機応変に楽しんでいきたいです。
―最後に、大学生におすすめの本を教えてください。
『水平線』が一番最初に思い浮かびました。芥川賞作家の滝口悠生さんが書いた小説で、1945年ごろの戦争時代の人と2020年に生きる人とが繋がるお話です。
作品の舞台の硫黄島は激戦地で、太平洋戦争のとき、16歳から50歳までの男性がみんな徴兵されて、そのほとんどが亡くなってしまった場所です。
そんな場所も戦争が起きるまでは普通の生活があったんだということが、この本を読んでいると伝わってきます。
当時生きていた1人1人の声が伝わってきて、もしかしたら硫黄島にいたのは自分だったかもしれないと思うくらい、戦時中の人々の生活がリアルに感じられる。
今、戦争のことを思い返すと白黒なイメージが浮かぶことが多いけれど、実際は当たり前にカラーの世界があったんですよね。
自分の親をおばあちゃん、ひいおばあちゃんと遡っていけば家族の誰かは戦争を経験しているわけで、戦争が関係のない人はいないと思うんです。そのことを、この小説はページをめくっていくたびに、白黒だった世界がだんだんカラーになっていくように教えてくれる。ぜひ読んでもらいたいです。