私たちは、身を置く環境を増やすことで、今ある自分を捨てずに、新たな自分の一面を手に入れられる。過ごす場所や関わる人間が変われば、表に出せる自分の性質も変わる。所属するコミュニティの数だけ、複数の自分を持つことができる。
しかし、それは決していいことばかりではない。それぞれのコミュニティの人間から白い目で見られたり、本当の自分が分からなくなってしまったりすることもある。いろんな自分を持つことは、場合によってはそうして自分の首を絞めることにつながってしまう。私たちは、新たな自分を手に入れると同時に、そのような苦しみとも付き合っていかなければならない。
今回お話を伺ったのは、ストリッパーの新井見枝香さんだ。新井さんは、書店員として活躍しながらストリップを始め、2023年3月に書店員を辞めるまでの間、二つの仕事を兼業していた。新井さんは複数の自分を持つことについてどう考えているのだろうか。
新井見枝香:ストリッパー。書店員として活動する傍ら三年前からストリップを始めた。書店員時代は、カリスマ書店員として多くのメディアに取り上げられ、数々のイベントを主催。トークショー「新井ナイト」や文学賞「新井賞」は、大きな話題を呼んだ。2023年3月をもって書店員を辞め、現在はストリッパーとして全国各地の劇場を飛び回っている。
ーストリップに出会ったきっかけを教えてください。
知り合いに連れて行ってもらったのがきっかけです。お昼に上野でウナギを食べようって誘われて、ついて行ったらウナギの前にストリップ劇場に入ることになりました。それで、何も分からないまま最後まで観たんですけど、その間ずっと何も考えずにただただ幸せな気持ちだったんです。そうやって単純に楽しめることって実はあんまりないと思ってて。例えばすごく好きなバンドのライブでも、みんなに合わせてこれくらいノっといた方がいいかな、みたいな邪念があるわけです。でも、ストリップを初めて観たときはそういうのが全くなくて、みんなのかわいさとか綺麗さとかエッチさを、頭を真っ白にして楽しめました。それでハマっちゃって翌日も1人で劇場に行って、そこから通うようになりました。
ー自分もストリッパーになろうと思ったのはどんなタイミングでしたか。
今話した私をストリップに連れて行ってくれた人の誕生日に、サプライズで私がストリップのステージに立つことになったんです。そのときに味を占めちゃって、もう一回やりたいと思ったところからですね。
ストリップにはショー中にお客さんがリボンを投げるという文化があるんですけど、あるお客さんが、その初めてのステージでリボンと一緒に羽を投げてくれたんですよね。その景色が、昔行ったL’Arc〜en〜Cielのライブで見た、演奏中に白い羽がいっぱい落ちてきたときの景色によく似ていて。すごくいいなと思ってたので、自分にも白い羽を降らせてもらえることがあるんだっていうのが嬉しかったんですよね。
ー新井さんは書店員としても活躍されていたと思いますが、書店員と比べてストリッパーのどういうところに魅力を感じていますか。
本当に裸一貫というところですかね。書店員みたいな普通の会社員なら、結構他の人に助けてもらえると思うんですけど、ストリップの場合は、マニュアルも研修もないし、私がやらないと本当に始まらない。そういう全部自分次第なところが面白いです。
あとはお客さんの反応が直接感じられるのも好きなんですよね。書店員をやってると、お客さんが期待しながら買ってくれたところまでは見えるけど、読んでる姿って絶対見ることができないじゃないですか。でも、劇場だとお客さんの反応がダイレクトで、すぐ分かるんですよ。目を輝かせてるのかどうかとか、拍手がどれぐらい起きてるのかとか。寝てる人がいるのもすぐに分かります。そのダイレクトさっていうのは、嘘が無いし非常に面白いなって思いますね。
ーストリップをやっていて、苦労するのはどんなところですか。
全部自分でやらないといけないから、とにかくやることが多いのが大変ですね。そこに関しては、誰か代わりにやってくれっていつも思ってます。
これはどれだけ人気のあるストリッパーでも同じで、ショーに使う曲の編集なんかはもちろん、新幹線を手配するのも自分だし、荷物梱包して宅配便呼ぶのも自分なんです。劇場に着いてからも、出番の前に脚立に上って舞台セットを用意して、終わったら脱いだ衣装を拾い上げて持って帰るわけですね。私は踊るだけよ、っていうことができたらそれもかっこいいかもしれないけど、ストリップは全部自分でやらなきゃいけない。そこが大変なところであり、良いところでもあると思います。
ーストリッパーになって良かったことはなんですか。
自分の体を、ちゃんと自分のものだと思えるようになったことですかね。それまでは、自分というのは体とは別にあって、体そのものは無くなってもいいとすら思ってたんだけど、ストリップを始めて劇場で踊るようになってから、体と心は繋がっているもので、全部含めて自分なんだなって思えるようになりました。手足が思うように動かないとショーに出られないし、今は体を大事にしようって思って接骨院とか通ってます。書店員時代はほとんどしていなかった化粧も、ストリッパーになってするようになりました。書店員のときは、主役は本であって私じゃないから、自分を飾り立てる必要性を感じなかったんです。でもストリップで売るのは自分自身なので、自分に目が向くようになって、化粧もするようになったんですよね。
ー体が自分のものであるという意識を持つまでは、外見に関しても重要なものではないという感覚があったんですね。裸を見せることには、最初から抵抗がなかったのでしょうか。
そこに関しては、別に見られたくはないなという感覚がありました。なんなら今もそれは変わらないですね。自分の体を良いものとしては認識していないので。確かに体なんてどうでもいいと思っていたけど、それでもやっぱり「裸を見られたくない」という自意識はあるんですよね。自分にそういう意識があるってことは、自分を良く見せたいっていう思いが無いわけじゃないんだなと感じます。
ー化粧をすることに関しては、今はどう感じていますか。
化粧一つで人の反応が変わるっていうのは、捉え方によっては嫌な感じかもしれないけど、今はそれしきのことでみんなから笑顔をもらえて、商売が上手くいくのであれば安いもんだと思っています。
ー新井さんの中では、商売だという意識が強いんですね。
そうだね、黒字にならなかったら負けだし、それなら私が出る意味がないと思ってます。いつも、私たちのギャラとその日の電気代・水道代・人件費に対してちゃんとそれを上回る売上が出せてるかどうかを考えますね。昔みたいに、劇場の外まで行列ができるくらいストリップ業界が潤っていたらそういうことを考えなくてもよかったのかもしれないけど、今はそうじゃないので。でも逆にこの状況だからこそ燃えるというか、私がこの業界をなんとか持たせるぞと思っています。書店員だったときも同じで、本が好きで、本を読んでほしくてという気持ちはもちろんあったんだけど、それ以上に売上を出してナンボだという意識がありましたね。
ー書店員時代に新井賞という文学賞を作っていましたが、これも売り上げを伸ばすために始められたんでしょうか。
始めた動機はちょっと違うかな。ある年の直木賞で、私が一番面白いと思った本が選ばれなくて、全然納得できなかったので私が一番良いと思った本と受賞した本とを一緒に並べて売ったんです。自分が選んだ方には直木賞受賞作!みたいな帯がついてなかったので、パソコンで新井賞の帯を作って巻きました。それが新井賞の始まりです。そしたら直木賞の本よりも売れて。別に続ける義務はなかったけど、やった方が売り上げになるならって感じで続けました。こ
ーその後カリスマ書店員として注目されて、テレビ取材なども受けていらっしゃったと思うのですが、それに関しては当時どういう思いでしたか。
販促販促、って思ってましたね。私がメディアに出ることで、見てくれた人が自分のいる本屋さんで本を買おうって思ってくれればいいなと。私は常に自分が売り上げた前年比と戦ってたので、売れば売るほど、その分だけ翌年がつらくなるんです。新井賞を続けるとしても同じことしかしなかったら横ばいなので、メディアに出られるなら出て、売り上げを伸ばそうと思ってましたね。
ー2023年の3月に書店員を辞めていらっしゃいますよね。ストリップに集中しようと思ったんですか。
そういう意図は全くないです。劇場の常連さんにも「ついにストリッパーに専念するんだね、素敵だね」って言ってくれる人がいるんですけど、そんなことはなくて。
以前勤めていた書店の仕事は本当に楽しくて、やりたくてやっているという感じだったんですけど、その書店が事情があって閉店しちゃったんですよ。それから別の店舗に行ったんですけど、そこの仕事は全然面白くなくて。それに時間を浪費するのはもったいないなって思って契約更新のタイミングで辞めただけなので、特に深い考えはないです。 むしろ新しい書店の職場を探してはいるんだけど、なかなか見つからないという状況で。ストリップで一定期間職場を空けることになると、社員として働かなきゃいけない最低日数を満たせないし、そもそも長期間いなくなる人に仕事を任せられないってなってしまう。前の職場のときは自分に実績があったので、別の雇用形態が可能だったんだけど、新しい職場ではそういうわけにもいかないので、難しいんですよね。ただ、機会があればまた書店員として働きたいとは思ってます。
ーストリッパーと書店員を兼業していることの良さはどんなところにありましたか。
仕事を二つ同時に持つと、片方の仕事がつらいときに、もう片方の仕事がすごくキラキラして見えるんですよ。それがうまい具合に続くと、どちらか片方はずっとキラキラしてる状態で仕事を続けられるんです。
仕事で行き詰まったとき、例えば人間関係がうまくいかないときなんかは、もう片方の職場の人に相談するんですよ。私あの人にめっちゃ怒られてさ、とか。相談された人からすると、自分には関係ないし他人事として面白がることができるわけです。これをもしトラブルがあった方の職場で話すと、100パーセント漏れてまずいことになる。絶対に交わることのない自分のホームを二つ持ってると、苦労をいくらでも笑い話にできるんですよ。そうすると、いつもハッピーな自分を保っていられるんです。
ープライベートと仕事で精神的なバランスを取っている人もいると思うんですけど、新井さんの場合はそれが仕事と仕事になっているんですね。
私は、人とある程度距離が必要なんです。恋人と付き合ったり、友だちとすごく親密にしたりするっていうことは、私にはちょっと難しい。職場の人間関係っていうのは本当にそこだけのもので余計な干渉がないし、しかもそれをお互い分かってるじゃないですか。その感じがちょうどいいですね。
でも適当に付き合えばいいやと思っているわけではなくて、その人たちとの良好な関係はずっと保ちたいという気持ちがあります。そのためにはホームを二つ持ってると最高かなと。今は書店員を辞めてしまっているけど、私の場合はエッセイを書いていて、編集者とのやり取りとかを通して今でもストリップの外の世界と繋がっていられます。ストリップの世界は特に閉塞的というか、ちょっと古い体質で、普通に考えたら今では通用しないようなルールとかもあって。もし私にストリップしかない状態で、その世界でうまくやっていかなきゃいけないってなるとしんどかったかもしれないけど、もう一つ世界があるから心にゆとりができるんです。
ー兼業していた頃は、ストリップと書店員、どちらかが本業だという意識はありましたか。
そういうのはなかったです。二つのホームを持つとき、そこに優劣がないっていうのは重要なことだと思ってます。ストリップを始めたときも、書店員は書店員で非常に楽しかったですね。
そのときやっていることに何か不満があって新しいことを始めるっていうのは、あまり健全じゃないと思っていて。例えば、裏方として働いていることが嫌だからステージに立つような仕事がしたい、とか。そういう動機だと、新しく始めることの方もそのうち嫌になるんじゃないですかね。兼業って、こっちも楽しくてあっちも楽しくて、っていう状態でやらないとうまくいかないと思っています。
ー自分の中に優劣はなくても、実際にはうまく時間が割けないことってありますよね。両立する中で苦労はありましたか。
私の気持ちとしては書店員の仕事をないがしろにしたつもりはなかったけど、そういうふうに見えてしまうときもあって。前の職場の店長には、ストリップにかかりきりで書店をないがしろにするのは間違いだと何度か言われました。「助けてもらって当たり前じゃないし、気心が知れているからといって大事にしなくていいわけではない」って。私もまだ踊り子デビューしたてだったので、毎日本当にいっぱいいっぱいで、大変なの分かってくれよとか思いながら書店の方に甘えてたんですよね。何かを両立している状態で人から信頼を得るには、自分が思っているよりもしっかりコミュニケーションをとっておく必要があるんだと思いました。私はコミュニケーションが非常に苦手で、本来は思ったことの十分の一も言わないタイプなんだけど、日頃の感謝を伝えることとか、そういうやり取りは忘れがちだけど大事にしないといけないんだっていうことが身に沁みました。
ー新井さんの場合は選んだものがストリップであったわけですが、職場の反応はどのようなものでしたか。
結構引かれるんじゃないかと思ってたんだけど、実際はそうでもなくて。ストリップをやろうと思うって言ったとき、書店の人たちは面白がってくれました。始めた後、ストリップのお客さんが書店に来るってなったことがあって。それも微妙な空気になるかと思ってたんだけど、全然平気な感じで、お店としては儲かるならそれでいいってスタンスでした。これがメジャーなアイドルとかだとお店に迷惑が生じたのかもしれないけど、このレベルなのでほどほどで良かったですね。顔を覚えていられるぐらいの範囲のお客さんが熱心に来るっていうのは、商売のかたちとして一番良いんですよ。
知り合いの作家さんや編集者さんがストリップを観に来てくれることもあるんだけど、これがもうちょっとディープ過ぎる世界とか性的なサービスがあるようなものだったら来れなかったと思うんです。ある程度開かれていて、ほどほどにエロでアングラみたいな感じがちょうど良いんだと思います。
ー反対に、ストリップの方では、書店員をやっていることが何か悪影響を及ぼしたことはありましたか。
気付いてなかったけど、デビューしたての頃はすぐストリップを辞めると思われてたみたいですね。やっぱり別の仕事で普通にお金を稼げている人間なので、人生経験として遊びでやって、そのうち辞めていくんだろう、って。実際、大学生でデビューして、大学卒業とともに記念になりましたって言って辞めていくパターンも多いんです。やっぱりそういうのって本気でやっている人にとっては面白くないですよね。
でも、一周年を超えたあたりからだんだんお客さんがついてきて、一緒に働く人たちの目も変わっていきました。今年が三年目で、たまたま書店員を辞めたっていうのもあるんだけど、本当に如実にみんなの反応が変わって。本気なんだって思ってもらえるようになりました。
ー新しい自分の一面を表現できる非日常を求めているけど、今ある日常を崩すのが怖くて踏み出せない人はたくさんいると思います。新井さんはそういったことに対してどう感じますか。
これまで生きてきて分かってきたことがあって、人って結構自分が生きたいように生きていて、変わりたいならもう変わっているんですよ。だから周りがどんなにアドバイスしたり手を差し伸べたりしても、元に戻っていくんだと思います。結局、人は無理には変わらないし他人には変えられないので、現状の受け止め方を変えればいいんじゃないですかね。私もいろんなことをやれているように見えるかもしれないけど、出来ないことはやっぱりどうしようもなく出来なくて。でも、それを否定したり隠したりはせずに、実は私はそういう人でいたいのだと思っています。こういう人っていいなって言いつつも、実際のところ自分が変われていないのなら、そんなふうには思ってないって考える方が楽なんじゃないですかね。
ーストリップを始めることで、書店員としてのキャリアを手放すことになるかもしれないという怖さはなかったですか。
全然。私がストリッパーになるって言ったときに、せっかく書店員として知名度も得たのにその社会的信頼を捨てるのはもったいないって言った人がいたんですけど、私はその感覚が分からなかったんですよね。確かにこの仕事は何があるか分からないし、法律的に微妙なラインだから、警察が入ることももちろんあって、そうなったらやっぱり他の仕事は続けられなくなります。でも私の場合は、正社員になったのも書店員としてやりたいことをやるためでしかなかったし、なにより大事なのはやりたいことが自由にできることであって。それができなくなるなら書店員を辞めることになってもそれでいいと思っていたんですよね。
ー新井さんのように、躊躇なく現状を手放せる人は少ないと思います。躊躇してしまう人たちにとっては、何が妨げになっていると感じますか。
なにか守りたいものがあるのかな。それが自分の置かれている状況だったり人間関係だったりするんだろうけど、思い切って飛び込んだ方が怪我が少ないというときも結構ありますよね。私は、たぶん周囲にも迷惑をかけているんだろうけど、それについて人から何か言われても、気にしてもしょうがないと思っちゃいます。迷惑かけるのは申し訳ないけど、かといってそんなに人のことを考えてもしょうがない。迷惑をかけられたからって攻撃してくるような人と繋がっていたくないですよね。
ーどちらの職業もオープンにして、同じ「新井見枝香」として活動していたことで何か良いことはありましたか。
周りの人がふるいにかけられて、両方を良いって言ってくれる人がはっきり見えてきたので、大事にすべき人が誰なのか分かりましたね。書店員だけの私じゃなくなったことで離れていった人は、書店員の私っていうのが好きなだけだったんだって。私が本に関する情報をツイートすると必ずいいねをするのに、ストリップについてのツイートには絶対にいいねしない人がいるんですよ。書店員の新井見枝香はいいけど、ストリッパーの新井見枝香は絶対に認めないぞっていう感じなんですかね。その人がいいねするツイートは、ストリップをやっている人間が投稿したもので、結局は二つの職業は繋がっているのに、それを頑なに認めない感じがして面白いです。人を好きっていうのも、本当にその人自体が好きなのか、ある状態のその人が好きなだけなのかっていうのは全然違うことですよね。
ー今後挑戦してみようと思ってることはありますか。
基本やりたいことは何でもやってみていて、最近ではネットラジオを始めました。あとは飲食業もやってみたいし、海外にも行きたいですね。大変だよ、やりたいことがいっぱいあって。今は自然とそういう流れが来たらやろうかなって思ってます。もしそのためにストリッパーの仕事を休まなきゃいけなくなったら迷わず休みます。いいかも、と思ったらなんでもやってみたいし、嫌だと思ったら無理にやり続ける必要もないと思ってます。