みなさんは「恋愛漫画の定番」と言われた時に、何が思い浮かぶだろうか。
一見イケてないヒロインとイケメンが恋に落ちる?
ヒロインに好意を向ける「当て馬」が登場する?
ヒロインと敵対する魅力的な恋のライバルが現れる?
少女漫画を一度でも読んだことがある方は、こうした「定番」に心当たりがあるのではないだろうか。
私たちは、冴えないヒロインと人気者の恋に胸を躍らせ、いわゆる「当て馬」キャラの報われない恋心に切ない気持ちになり、ライバルの登場によって一層ヒロインを応援したくなる。
また、そうした展開を通して、キャラクターたちの感情に共感し、時にはもどかしい気持ちになりながら、物語が与えてくれる恋のトキメキを楽しむ。
こうした「定番」を活かしながらその中に意外性を織り込んだような物語を展開しているのが、現在「別冊マーガレット 」(集英社)にて連載中の『月のお気に召すまま』だ。
ポンコツだけど憎めない主人公・亀井歩(かめい・あゆむ)と、好きな子ほどいじめてしまう後輩・滝島月(たきしま・るな)の噛み合いそうで噛み合わないラブコメディ。それが『月のお気に召すまま』である。
大勢の読者を惹きつける『月のお気に召すまま』は、どのように作られているのか。
本インタビューでは『月のお気に召すまま』の内容に触れながら、作者の木内ラムネ先生に物語の組み立て方やこだわり等についてお話を伺った。
※本インタビューには、作品のネタバレが含まれます。
キャラクター紹介
亀井歩(かめい・あゆむ) 高校3年生、女子。中学時代から月の先輩。素直でだまされやすく、いつも月にからかわれてばかりいる。
滝島月(たきしま・るな) 高校2年生、イケメン。中学時代から歩のことが好き。ひねくれた性格のせいで素直になれない。
進堂(しんどう) 高校3年生。バスケ部の爽やか男子。ナチュラルに歩からの好感度を獲得し、月にとっての一番手ごわい恋のライバルに。
日花(にちか) 高校2年生。月を狙って歩に近づく小悪魔女子。自分の性格の悪さがコンプレックスで、歩のピュアな部分に、ときめいてしまう事も。
ギャグ絵は嫌味がなく、かわいくなるように
――まず、漫画家になったきっかけを教えてください。
木内 もともとは、映像関係の大学に通っていて、そこでシナリオを書いていたんです。
ホラーとサスペンスがすごく好きで、コンテストにも出していました。
そのかたわらでラブコメを描いて漫画賞に出したんです。
そうしたら期待賞を頂いて担当編集がつき、その後、漫画家としてデビューすることになりました。
まさか漫画家になれるなんて思ってもいませんでした。
――影響を受けた作品などはありますか?
木内 『赤ずきんチャチャ』(集英社)や『らんま1/2』(小学館)に影響されたかなと思います。
それ以外にも色々な作品の色々なシーンに影響を受け、いいなと思ったものをメモするようにしています。
――キャラクターデザインなどへのこだわりがあれば教えていただきたいです。
木内 髪色は当時の別冊マーガレットの連載キャラにいない色にしようと、ピンクっぽい色と水色にしたんですけど、それ以外はあんまりないです。
実は絵に全然こだわりがないというか、絵がそんなに得意じゃないんです。
ギャグ絵だけは描くのが好きで、嫌味がなく、かわいくなったらいいなと思いながら描いています。
セリフで表現されるキャラクターの個性
――物語に説得力を持たせるために大事にしていることはありますか? また、描く際にご自身の中で決められている組み立ての順番などはあるのでしょうか。
木内 なるべく最初と最後が繋がるように、テーマに合った終わり方をしたいと思って描いています。
ストーリーを考えるときは、場面から生まれることが多いです。
例えば、まず遭難している二人の様子がぱっと浮かんで「どうしてこの二人は遭難したのかな?」っていうのを想像します。
それをどんどん繋げて、ストーリーを組み立てていきます。
――『月のお気に召すまま』は月が歩に片想いをしている状態から物語が始まります。女性キャラの男性キャラに対する片想いを描くのではなく、このような設定にしたのには何か意図があったのでしょうか?
木内 月はすごく生意気でかわいくないんですけど、第1話の時点で月のそういうところだけを描いてしまったら魅力が伝わらないかなと思って、こういう設定になりました。
月の一番の魅力は一途なところにしたかったので、最初から歩への気持ちを明かしてしまった方が読者さんの心を掴めるかなという思いもありました。
――歩の魅力がうまく伝わらないと「どうして月は歩をこんなに好きなんだろう?」と読者が置いてきぼりになってしまう可能性もあったと思うのですが、そうなっていないところがすごいと感じます。歩を魅力的に描くためにこだわった部分などはありますか?
木内 第1話に限らず、歩の喋り方には気を付けています。
同じ意味でも言い方を変えることで歩の性格を柔らかく感じられるんじゃないかなと思って……。
例えば「すごいうざい」を「なんて腹立たしいんだ」という言葉に変えたりしています。
歩が月に対して「うざい」と言ってしまうと、月が本当に「うざい」人になってしまうんじゃないかなって。
あと、「ありがとう」と「ごめんなさい」は書き文字でもいいので絶対に入れるようにしています。
与えられた役目を越えて「動き出す」キャラクターたち
――次に進堂くんと日花ちゃんについてお話を伺いたいと思います。この二人は「当て馬」キャラではありますが、月や歩とギスギスしてしまったり気まずくなったりという展開がなく、とても仲良しですよね。どうしてこのような設定にされたんでしょうか?
木内 本当に、進堂くんたちがどうしてあんなふうになったのか、全然わからないんです。
もっとかっこよくてスマートなキャラとして考えていたんですけど、自然とああなっていました。
でも、「ライバルの性格が良くなくて、それによって主人公の株が上がっていい子に見える」っていう現象が起きるのはなるべく避けたかったんです。
ヒーローも読者も好きになっちゃうような人こそが、本当に強力なライバルなのかなと思ったので。
――なるほど。進堂くんは8巻66話で「俺も歩ちゃんが好きだよ でもそれが恋だって言いきれなかったのは」「同じくらい月のことも 好きだったから」と日花ちゃんに話しています。「当て馬」がヒロインだけでなくヒーローのことも好きになるという展開を選んだのは、何か理由があったのでしょうか。
木内 最初は進堂くんをライバルキャラにしたかったんですけど、描いているうちに歩を好きって感じがあんまりしなくなったんです。
どちらかというと月とすごく仲がいい感じが見えて、二人のことが好きだから恋愛感情はないのかなと思いました。
あと進堂くんが歩と月がイチャイチャしても妬かないのは、結局恋愛として好きじゃなかったからかなと、今となっては思います。
――同じく「当て馬」の日花ちゃんも、初めは月と付き合うために歩に近づいたにもかかわらず歩のことを好きになってしまい、更に進堂くんにも惹かれてしまって混乱していました。
木内 描いているうちに日花ちゃんが月を好きな描写がないと気づきました。
どちらかというと月よりも歩の方が見ていて好きなのかなと思う場面が多かったんです。
進堂くんと一緒なんですけど、描かないつもりはなかったんですが 、「ライバルキャラとして狙っているはずなのに、この人を好きな描写が入りにくいな」と思うようになるんですよね……。
――お話を伺っていて、ご自身がそれまでに描いてきたストーリーからキャラを読み取って進めていくような読者的視点をお持ちでいらっしゃるように感じました。
木内 そうですね……。
この二人になりきってという感じではなく、客観的に、自分の作品ではないかのように見た方がいいかなとは思っています。
最初の方は(キャラクターを)「動かす」って感覚だったんですけど、今はたぶん慣れてきたこともあって(キャラクターが)「動き出す」っていう感覚になりました。
特に進堂くんたち当て馬は「こういうはずじゃなかったけど」と思うことが多いです。
キャラクターの性格が変わってくることや、キャラクターがだんだん自分を理解していくというようなこともあります。
ベタとひねりが伝えるキャラクターの感情
――進堂くんと日花ちゃんといえば、ロッカーの中に二人で入ってしまう回(6巻49話)も印象的でした。
木内 すごくベタな回ですよね。
――あの回もロッカーの中に入るというドキドキのシチュエーションなのに、それとは違うところで日花ちゃんが進堂くんに惹かれていますよね。『月のお気に召すまま』は定番の展開を舞台にした上で、そのままでは終わらないような物語になっているように感じます。
木内 それはたぶん、サスペンスを好きなことが影響しているんだと思います。
サスペンスと同じように、話の展開にどんでん返しじゃないですけど、ひねりがあったらいいなと思いながら描いています。
また、自分はホラーも好きなのですが、1回怖いシーンが終わった後更に驚きがあると話が盛り上がるのと同様に、少女漫画でも「1回オチがついた」と安心させた後、もう1つときめきや驚きがあるシーンを入れて印象付けたいと思っています。
サスペンスやホラー的展開の、ラブコメバージョンじゃないんですけど……。
――驚きという点でいうと、5巻41話(歩と月が屋上で昼寝をして夢を見る回)は他の回と少し雰囲気が違っているような印象を受けました。前半はコメディ色が強かったのですが、後半は月の暗い部分が少し見えてくるような。
木内 第1話もそうなんですけど「月は死ぬほど歩が好き」っていうのを伝えたいんです。
ずっとギャグが続くとうまく伝わらないかなと思ったので、ギャグをやりつつも月のそういう部分をちょこっと入れた方が少し切なさもあっていいかなと思いました。
――切なさ、すごく感じました。
リアルな感覚を取り入れて、フィクションの恋愛をより身近に
――『月のお気に召すまま』では個性豊かなキャラクターたちがどこか私たちにも通じるような、親近感を覚える会話を繰り広げていますよね。そういった部分に関してこだわりなどがあればお伺いしたいです。
木内 歩とか全然「普通の子」じゃないかもしれないですけど、「普通の子」として描こうと思っているんです。
ごく普通な高校生として、当時私は例えば「モテたい」とか「永久脱毛したい」とかそういうことばかり考えていて、歩はちょっとポンコツで天然ってことになってるんですけど、そういう子でも普通の女子高生が考えていそうなことを考えた方が嫌味がないかな、作られた感がないかなと思いながら描いています。
――ご自身の経験を漫画に落とし込まれることは多いんでしょうか。
木内 自分のくだらない経験をよく漫画に入れています。
例えば、キャシーの回(1巻7話)も、普通の映画だと思って観たらとんでもない映画だったことが実際にあったんです。
高校時代、ロマンチックなことは全然なかったけど、くだらないことはいっぱいありました。
それを入れた方が物語に「あるある感」が出るんじゃないかなと思いながら描いています。
――なるほど。3巻21話(歩と月がお互いのスマホの検索履歴を見せ合う回)に出てくる歩の検索履歴も「バストアップ 体操」「R指定 エロの基準」など絶妙なリアリティがありました。
木内 これも実話なんです。
実話というか、2巻の海の回(13話)の頃、裸を描くのが苦手で画像検索をしまくっていて、月が裸で四つん這いになるシーンのために「男 裸 四つん這い」って検索したらそれを見られちゃった感じです。
そこから検索履歴の話は出てきました。
――そこにも木内さんの体験が反映されているわけですね。
木内 はい。
すごくくだらない人生の失敗も反映するようにしています。
読者が「なるほど」と思うラブコメディ
――3巻25話の「タピオカじゃなくておしるこで ここはナイトプールじゃないし リムジンもない でも月が笑ってるし 今すごく キラキラしてる気がするよ」等、『月のお気に召すまま』には記憶に残る素敵なモノローグやセリフが数多く登場しますが、どのように考えられているのでしょうか。
木内 例えばサスペンスで「最後意味がわかってゾッとする」みたいな流れと同じで、「最後に意味がわかってキュンとする」みたいなセリフやモノローグを作りたいと思っています。
――伏線を回収するというイメージでしょうか。
木内 そうですね!
「なるほど」ってなるようなモノローグにできたらいいなと考えています。
――6巻54話の歩と月のやりとりには思わずうなってしまいました。作品のタイトルにも入っている「月」が二人を見守る中、キャラクターの名前がセリフで綺麗に回収されていましたよね。
木内 そこは色々考えてって言いたいところなんですけど、担当さんがぽろっと言ったことをちょっといい感じに変えて書いただけなんです(笑)。
担当さんのアドバイスで色々浮かんだりします。
――そういった言葉や語彙にはルーツがあったりするんでしょうか?
木内 友達や担当さんの喋り方、良かった言い回しをなるべく覚えているようにしています。
自分もそういう言葉を使えたらいいなと思いながら。
日々のくだらないことが何かを生み出す
――最後に、トキメキを読者に与えるために一番大事にされていることを伺えますか。
木内 なんですかね。
一番大事なことなのでわかんないっていう……。
でも、面白かったこととか、良かったことを全部覚えておくっていうのは大事にしています。
例えばさっきの検索履歴とかもそうなんですけど、くだらないことから何かに繋がったりするのかなと思います。
あとは、別冊マーガレットを含め色んな作品を読んでます。
他の方の作品に対して、読者として「このキャラとこのキャラにこんな展開が起きてほしい!」と考えることがあるんですけど、自分の漫画に期待されていることも同じなのかなと思います。
だから、自分の漫画に対して周りが思っていそうなことを考えながら描いています。
自分が他の漫画家さんにやってもらいたいと思うことを描けたらいいなと思います。
作品紹介
『月のお気に召すまま』
既刊8巻 9巻は2022年秋頃発売予定!
詳しくはこちらから
著者紹介
木内ラムネ(きうち・らむね)
2012年、「別冊マーガレット」にて『Love is blind』でデビュー。単行本に『チャラ男とロボ子』『はぴきす』『妄想♡ラブクラッシャー』など。2018年より「別冊マーガレット」にて『月のお気に召すまま』を連載中。2022年6月現在、同作は累計発行部数75万部を突破している(※電子版を含む)。