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【インタビュー】君はイリュージョン|写真家 川島小鳥

2026 3/17
VOL. コピー インタビュー
2026年3月17日
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写真は、絵とか文とかとは違って、見えたものを見えたままに写し取る。真を写すなんて言うけど、写真にすることで分かる世界の魅力だってある。カメラが写す世界は、僕たちが普段見ている風景とどこまで同じで、どこまで違うものなんだろう。写真家の川島小鳥さんは、「ここではないどこか」を探して写真を撮り始めたという。彼の撮る写真は不思議な魅力がある。彼はどのように写真を撮っているのだろう。僕たちは写真を通して、どのように世界と向き合えばいいんだろう。

川島小鳥
写真家。早稲田大学第一文学部仏文科卒業。 主な作品集に『BABY BABY』(2007)、 『未来ちゃん』(2011)など。2025年に 最新写真集『サランラン 사란란 (Sa-lanl an)』を発表。第42回講談社出版文化賞写 真賞、第40回木村伊兵衛写真賞を受賞。

―最初は映画が好きということでしたが、なぜ写真を撮り始めたんですか。
 中学生のときに、テレビで映画監督のウォン・カーウァイが特集されていて、なんだか気になって観てみたら、ここではないどこか、香港という場所の映像作品に恋をしてしまいました。映画って、いわゆる起承転結があって、それが面白いものだと思っていたけれど、ウォン・カーウァイの映画は見終わったあとも、ストーリーは全然分からなかった。それなのになぜか映像が持ってる雰囲気や、美しさにすごく惹かれました。それから早稲田学院に入って、受験勉強をする必要がなくなったから、映画ばっかり見ていましたね。当時住んでいた早稲田の周りにも、レンタルビデオ屋がたくさんあったし、学校の設備も充実していたので。
 大学生になったら映画のサークルに入りたいなと思っていたのですが、写真も同じ「イメージ」だから、最初は練習のつもりで撮り始めたのがきっかけですね。

―『BABY BABY』を作ったときのことを教えてください。
 高校の時から写真を撮っていたんですが、人を撮ることはそんなにありませんでした。大学生になって、サークルには入らずにひとりで写真を撮っていたら、友だちに「写真を教えて」と言われて、七人くらいで非公認の写真サークルを作ることになりました。そこに『BABY BABY』で被写体となってくれたじゅんじゅんもいて、二人で写真を撮りに行ったら、すごく楽しかったんです。学校の周りとか吉祥寺とかでお茶したりしながら写真を撮ってました。そのときは写真を撮っても、サービスプリントとかで現像をして終わりで、誰かに見せたりはしていませんでした。
 その後、写真スタジオで二年働いたんですが、そこをやめたあと、バイトをしていた荻窪の写真屋さんで、暇な時間に自分のネガ(註)を改めてプリントしてみたんです。そうしたら、いままで撮ってきた写真がちゃんと綺麗に撮れていたことに気がつきました。四年間くらいじゅんじゅんのことを撮っていたんですが、それで手作りの分厚い本を作りました。その本を新風舎・平間至写真賞に応募したら、賞をいただけて、出版されることになりました。

―遊びながら撮っていたら気づくと写真が溜まっていた、ということですか。
 二人とも「いい写真にする」という志がすごくあったように思います。被写体の方と一致団結して写真を作っていくスタイルは、そこから始まりました。

―師匠である沼田元氣さんとはどのようにして出会ったんですか。
 大学生のとき、じゅんじゅんが沼田さんを教えてくれて、ファンになりました。『憩写真帖』とか、沼田さんの世界観がすごく可愛くて独特で。写真をやっていると、「強い写真」が求められることが多いと思うんです。かっこいい、人に強烈なインパクトを与えたりするような写真といいますか。自分が撮っているものは弱くて、決まったテーマがあるわけでもない。そんなタイミングで沼田さんの繊細な世界観に触れて、共感したし憧れて、こんな大人がいるって素敵だなって思いました。

―「弱い写真」ですか。
 繊細で、ぱっと見は普通の写真が好きなんです。単純に楽しかったり、綺麗だったりするのが好きで。だから当時、自分が撮っているものを作品とは思ってなくて、人には見せていなかったですね。

―それを現在は人に見せているのはどうしてですか。
 もともと現実社会にうまく馴染めていなくて、写真を撮ることで、ここではないどこかへの憧れというか、居場所を探していたんです。でも世界のどこかには、自分たちみたいな人はきっといるという確信もあった。みんなに向けた自信はいまでも全然ないんですけど、友だちになれるような誰かは必ずどこかにいるだろうなという感覚でやってます。

―撮っていてよかった作品はありますか。
 『未来ちゃん』ですね。とりあえず佐渡ヶ島に行って、友だちの家に居候させてもらいながら、お子さんを撮らせてもらっていました。見ていただいたら分かるように、未来ちゃんがとっても可愛いんですよ。でも写真に現像したものの中には、可愛いだけじゃない強さがあった。写真を見た友だちもすごいと言ってくれて、一年間その子を撮ろうって決めました。

―ご自身の幼年期を覚えていますか。
 『未来ちゃん』の撮影中、五右衛門風呂の手伝いをする時間があったんですが、未来ちゃんとお兄ちゃんの笑い声が聞こえたんです。子どもの頃のことは、もともと全然覚えていなかったんですけど、そのときに急に思い出して。覚えていなかったことを塗り替えるわけじゃないけど、こんな感じだったかもなって、それは不思議な体験でした。自分も二歳の気持ちになるといいますか。僕が二歳の頃は秋田にいたんですけど、佐渡ヶ島も冬は雪が降ることもあって、無意識に佐渡と秋田を重ね合わせて自分の幼年時代をとらえなおすということはあったと思います。

―写真を撮るときに気をつけていることはありますか。
 そのとき見た物や、そこにいる人を、なるべく意図せずに撮りたい。「ただ」撮る。ラフを作ってから撮るのもいいんですけれど、自分には技術がないと思うし、ほぼ失敗しているような写真こそ面白いと思っちゃうんですよね。偶然撮れてしまった、みたいなものを仕事でも大事にしたいと思っています。カメラだけがあるっていう状態にして臨んでいますね。そういうときに、自分の心のあり方がぐちゃぐちゃだと写真を撮る際に邪魔になってしまうから、なるべく綺麗にしていようとは思っているんですけど、でもそれぐらいです。

―いろいろな作品を見ていても、撮られている自覚がなさそうな写真が多いと感じます。
 『未来ちゃん』の撮影でいろいろ勉強させてもらいましたね。子どもって、こっちの意図していないところに行っちゃったりして撮るのが難しい。だから四六時中カメラを持って、いい瞬間を待つ。感覚を研ぎ澄ませつつ、その瞬間が来たら撮るっていうのを一年間やらせてもらえたから、それで変わった部分はあるかもしれない。そこで変に考えすぎていたり、こっちのエゴがあったりすると、子供は敏感だから全部伝わっちゃうんですよね。なるべく空気みたいになりたいと思います。

―その瞬間ってどんなものですか。
 写真って一人でできるものではなくて、被写体がいないと撮れないということが大前提です。もちろん自分がこういう写真を撮りたいということも大事なんですけれど、それ以上に偶然の力が大きい。『未来ちゃん』みたいな決定的瞬間って、全く自分の力じゃないなって思うんです。そういう瞬間を心待ちにしています。天気とかもそうですけど、自分でコントロールできないものも受け止める。でも正しい道を歩いていたらきっと、決定的な瞬間に出会えるんだろうなって楽天的な思っています。

―人を撮るのと風景や物を撮るのとでは違いはありますか。
 人を撮る時には相手の気持ちがあるから、それにフォーカスしている感じがありますけど、風景を撮るときは景色にシンクロする感じがあります。同じところにいても、そのときのアンテナ次第で撮れるものや惹かれるものも違います。例えばこの前韓国に行ったときには、道の片隅に置かれたゴミがきれいだなと思って、気づくとたくさん撮っていました。

―ご自身の写真の好きなところはありますか。
 あまり分からないです。下手なところ?(笑)でも、そもそも写真そのものが好きですね。写真集も好きです。最初に写真に出会ったのも、写真集がきっかけだったんですよ。写真集になったときに、写真一枚だけでは立ち上がらない世界があると思います。右のページと左のページがあって、そこに何を置くかを自由に考えられる。意味や脈絡がなくても、そこに立ち上がってくる魔法がある。ウォン・カーウァイの映画にも、似たような要素があるのかもしれないですね。写真はもっとパブリックなものだと思っていたけれど、写真集になるとパーソナルなところもあるんだなと気づく。自分の作品がそこにあるのだけれど、カメラというのはただの機械なんだっていう矛盾もある。その振れ幅に惹かれます。自分の写真の好きなところはいまだに分からないけれど、やっぱり写真が好きです。これだけ長く写真家をやれているなら、向いているのかなとも思えますね。

―いままでで一番楽しかった写真集はなんですか。
 台湾で撮った『明星』ですかね。『未来ちゃん』が幅広い方々に見てもらえたのは嬉しい体験だったんですが、次はどうしたらいいんだろうっていうプレッシャーがあった。そんな時に、台湾という土地とそこにいる人に出会って。いろいろ考えながら作品を作って、結局三年かかったんですが、その間に北京語を勉強したり、たくさん友達もできました。台湾の人たちが自分の気持ちを大事にしていることや、やりたいことにトライする姿勢、そういうものに影響を受けながら作った作品だから印象的でもあるし、とても楽しかったです。

―写真集の装丁へのこだわりは、どういうところから来たものなのでしょうか。
 二十歳くらいのとき、雑誌や海外の写真集をたくさん立ち読みしたりしていたんですが、写真集に限らず本が大好きだったので、自分が作品を作ることになったときに自然とアイデアがたくさん出ました。内容と装丁がマリアージュしたときの魔法があると思うんです。『明星』を作った時には、横位置の写真も縦位置の写真も、絶対両方切り落としがよかったので、現在の写真集の形の原型になるものを自分で作って装丁の打合せに持って行きました。反対に『サランラン 사란란 (Sa-lanlan)』は、何もしないというのが一番伝わる形だと思ったのでシンプルな形になりました。変わった装丁の本がやりたいというよりも、毎回、作品ごとのアイデンティティに沿って、装丁の形を考えていった結果、それぞれの形になっているという感じですね。

―お話していると、自然体でフラットな方だなと感じます。
 そうですか?(笑)昔はもっと緊張してたかもしれません。でも緊張していると、いい写真は撮れないなということに気づいてからは緊張しなくなりましたね。もちろん、被写体の方に対する敬意という意味での緊張感はとても大事だと思っています。緊張の矢印が被写体の方や現場に向かっているのはいいんですけど、自分に向かっている緊張はいらない緊張だと思います。「失敗したらどうしよう」などの緊張は、自分の都合ですもんね。

―「ただ」撮ることにたどり着いたのはどうしてでしょうか。
 四十歳くらいまでは、こういうふうに撮りたいという形があったんですけど、そういうのが恥ずかしくなってしまいました。写真ってなんだっけと原点に戻る感じ。だからリハビリじゃないけれど、韓国に行ったとき、目的もなく撮っていた大学生のときみたいに「ただ」撮ることをやってみたいなって思いました。だから、意外に最近のことかもしれないです。

―そのスランプから抜け出した感覚はありますか。
 半分抜けた感じですかね。別にただの写真なのに、なんで人に見せていたんだろう、なんで作品って言ってるんだろうという、果てまで考えてしまっていたから、一度リセットして、原点に戻ろうと思ったんです。そんな時期に『サランラン 사란란 (Sa-lanlan)』に出てくる韓国の友人たちに出会いました。彼らが写真に限らずいろんなことに好奇心があって、「ダサいことはしたくない」という雰囲気をまとっているのを見て、自分もこうだったなということを思い出せたんですよね。今の韓国の社会を生きている彼らと、自分の学生時代がリンクして、癒される瞬間があった。その時間を通過したうえで過去の作品を見直すと、当時の熱量に我ながら驚くし、それぞれ全部が面白いと思えるようになりました。

―川島さんは何を探し求めて写真を撮っているんですか。
 写真は今しか撮れないじゃないですか。高校生のとき、日に日に歳を取るのが嫌だったから、例えば毎日日記をつけるとか、絵を描くとか、そのときどきのことを残せばいいのかなとも思ったんですが、それはそれで自分のことだから生々しくもある。写真はちょうど距離感がよかったんです。自分はシャッターを押しているだけで、写っているのは現実の世界だし、そもそも機械が撮っているものだっていう距離感がよかった。それをやることで、どんどん流れていく時間軸とはまた別の時間を手にした気がしたんです。例えば『未来ちゃん』も十五年前に撮ったものだけど、そういう時間軸を超えて、人に伝わるし、今を感じます。そういうものが写真の魔法だなと思っているので、いつでも、これから撮る写真が楽しみです。今は『サランラン 사란란 (Sa-lanlan)』を作り終わって、次は何をしようかなとぼんやり思索している段階なので、今は想像できていないものを、これから何年かかけてできたら、それが一番うれしいなと思います。

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