朝は時間を表す言葉の一つだ。時間は万人に共通して同じ速さで流れていくが、その存在を肉眼で捉え実際に触って確かめることはできない。私たちは朝という言葉があって初めて、曖昧ながらも一つの共通の認識を持って朝について語り合える。そこには言葉から生まれる朝がある。
本辞典では朝に関連する言葉に対し自由に思考を巡らせ、一つ一つの言葉を大いに楽しんでいる。言葉を楽しむ体験を通してあなたの朝もきっと少し豊かになる。どんな楽しみ方をするかはあなた次第だ。
【朝明け】あさあけ
・朝、明るくなること。またその時。あさけ。
夜明という言葉が、夜が明けることを指すのは自明だが、朝明とはいったい何が明けるのか。不思議に思っていたら、朝明は「朝、明るくなること」を指すらしい。当たり前だが、朝は段々と明るくなるものなのだ。スイッチを押したらパッと部屋が明るくなるように、日の出時刻、いきなり世界が照らされる訳ではないということを忘れていた。
【朝謡】あさうたい
・朝早くから謡をうたうこと。
朝起きると、十中八九最悪な気分だ。朝早くから歌を聴こう、ましてや歌おうなんて年に一度も思わない。でももしかしたら、無理やりにでも歌ってみたら。例えば「君は天然色」なんかを口ずさんだら最悪な朝も少しはマシになるかもしれない。
【朝置】あさおき
・朝、露や霜などが草葉の上などに降りること。
朝置は事象だ。草に降りても花びらに降りても、露が降りても霜が降りても朝置。昨日急いで通り過ぎたあの道にも、その時その場所でなければ起こらなかった朝置があったかもしれない。
【朝帰】あさがえり
・外泊して翌朝自宅に帰ること。
朝帰の歴史は万葉集まで遡る。せっせと今日を始める支度に勤しむ人々の波に逆行する背徳感と優越感、その混交。それは一千年に渡り私たちを惹きつけ続けている。
【朝顔】あさがお
・朝起きた時の顔。寝起きの顔。
朝顔、花の名前ではなく朝起きた時の顔。気を許した者にしか見せぬ顔。今、ミルクと砂糖を下げていった店員の朝顔は、いったいどんなだろうか。誰になら、彼女は自分の朝顔を見せるだろうか。
【朝型】あさがた
・朝早くから活動する生活習慣であること。
人間の生活習慣をふたつにぶった切ろうとは、あまりに雑な言葉だ。
【朝髪】あさかみ
・朝起きたばかりで梳かしていない髪。
髪という字は艶やかな毛束を思わせる形をしている。朝髪となると、朝の持つ清々しい光のイメージと合わさることで更に爽やかな印象を想起させる。だがその字義は「朝起きたばかりで梳かしていない髪」である。確かに考えてみれば朝の髪は乱れているのが常なのだが、なんだか残念な感じがする。
【朝雷】あさかみなり
・朝、雷が鳴ること。
朝と雷は何やら不気味な組み合わせである。もしも朝から雷鳴を耳にし、稲妻を目にしたら、なんとも不吉な一日が始まる予感に心躍ってしまいそうだ。一説によると、最も強い雷は朝落ちるらしい。その最強の雷が偶然にも自分に当たって、うっかり人類最速回転の頭脳が手に入ったりしないだろうか。
【朝霧】あさぎり
秋の季語
・朝方に立ち込める霧
冷え込んだ空気と共に霧が街を覆う。おぼろげな景色。思いがけず手に入れた非日常への驚きと、遮られた視界への期待で自然と足取りが軽くなる。
【朝霜】あさしも
冬の季語
・朝方におく霜
しめしめ。まだ誰も見つけていないのか、それとも見つけたのに踏まなかったのか。どちらにせよ私が見つけた霜を踏む権利は私にある。ざくざくざく。ざくざくざく。ざくざく。
【朝寝】あさね
春の季語
・朝、遅くまで寝ていること。あさい。
朝寝八石の損、朝寝好きの夜田打ち、朝寝する者は貧乏性。かねてより容赦ない批判の嵐、常々肩身の狭い思いだが季語ならばせめて春は許されたい。
〈出典〉
尚学図書編集(1988)『国語大辞典新装版』尚学図書
大槻文彦著 (1982)『新編大言海』冨山房
森岡健二・徳川宗賢・川端善明・中村明・星野晃一編 (1998)『集英社国語辞典』 集英社
日本国語大辞典第二版編集委員会 小学館国語辞典編集部 (2000)『日本国語大辞典第二版』小学館
北村孝一編 (2012)『故事俗信ことわざ大辞典第二版』小学館
新村出編 (2008)『広辞苑第六版』岩波書店
米川明彦編『日本俗語大辞典』(2003) 東京堂出版