特別な格好、特別な空間。私たちは、自分を取り巻くものを大きく変えることで、非日常を作り出すことができる。それは刺激的で、新鮮で、私たちに彩りをもたらす。
しかし、終わりが来てそれらが取り払われたとき、自分には何が残るのだろうか。
非日常をただの虚構にとどめず、その先にまた続いていく日常に還元するために、私たちは何を大切にすればいいのだろう。
今回お話を伺ったのは、ウェディングプランナーの佐伯エリさんだ。彼女はこれまで数々の結婚式に携わり、カップルの人生の糧になるような結婚式を作り上げてきた。特別な衣装に身を包み、華やかに飾られた式場で人生の節目を迎える結婚式という非日常に深く関わってきた彼女は、何を感じ、それにどう向き合ってきたのだろうか。
佐伯エリ:群馬県を拠点に活動するフリーランスのウエディングプランナー。二人らしさに寄り添い、型にはまらないウエディングを創る「コンセプトウエディング」を得意としている。リクルートブライダル総研が主催する「GOOD WEDDING AWARD」で2014年に「ソウル賞」、2016年に「クリエイティブ賞」、2019年には準グランプリの受賞歴がある。結婚評論家としてのコラム寄稿やブランドプロデュースなど幅広く活動している。
―ウエディングプランナーのお仕事について教えてください。
どこで誰とどんな結婚式を行うのかを決め、そのための手配を進めて、無事に当日を迎えられるようにサポートをしていく仕事です。私はフリーランスなのでお客様から直接ご依頼をいただいています。準備期間は大体一年くらいが理想ですね。
―どのようなプロセスで式の準備を進めていくのですか。
まず、始めの4カ月ぐらいで式を挙げる場所や式のコンセプトをじっくり固めていきます。そこから具体的な打ち合わせと準備に入って、挙式1カ月前を目安にほぼ完成の状態まで持っていきます。最後の1カ月で人前式(じんぜんしき)(註1)や神前式(しんぜんしき)(註2)といった結婚式の根幹である誓いの場を作り込んで当日を迎える、というのが大まかな流れです。
―プランニングの工程の中で、佐伯さんが特に大事にしているのはどの部分ですか。
最初に行うコンセプトミーティングです。70項目ぐらい質問を投げて、ひたすらお客様の話を聞きます。その話をもとにして、二人がそれぞれ大事にしていることをビジュアル化したコンセプトシートを作り、結婚式当日の二人らしい演出やデザインを考えるために使います。コンセプトミーティングの目的は、私がお客様に他者として向き合っている状態から、同じ側に入りこんで二人の目で物事を見て考えられるようになることです。現代のウエディングプランナーには、そうやってお客様の考えを理解し、尊重しながら、式の準備を進めていくことが求められているように感じますね。
―結婚式に対する価値観は昔と比べてどう変化してきているのでしょうか。
昔は結婚したら挙式をするのが当たり前だったんですよ。それが、現代では式を挙げるかどうかは、それぞれが選択するものになったと感じています。既存の形式や慣習に従うのが当たり前だった時代から、何においても主体的に意味を見出すことを重視する時代に移り変わってきたことで、結婚式にもそういった変化が出てきているんだと思います。
それによって、挙式をしないというのも選択肢のひとつになりました。実際に、ブライダル業界全体としてみると、挙式の数は減ってきていますね。ただ、その分挙式をしようとするカップルにおいては、結婚式に対して積極的であるケースが多くなったとも思います。
―挙げない選択肢を取る人たちには、どんな理由があると思いますか。
昭和以降、結婚式が産業化したことで、ブライダルに携わる事業者が真剣にカップルの人生や価値観と向き合わずに、決まった型にはめて手配を進めるようになってしまったんです。例えばケーキカットひとつとっても、どの結婚式に出ても同じような演出ばかりで個性がないと感じさせてしまうような状況でした。
そうやって式の流れや演出がどれも似たようなものになってしまった結果、結婚式というものの意味や魅力が見えにくくなってしまって、それがカップルが結婚式を挙げないという決断をする一因になっていると感じています。
―佐伯さんは、そういった手配の進め方に関してプランナーとしてどのように考えていますか。
「これが最新の、人気の演出です」と定番の型を提案することもできるけど、それでは私たちがいる意味が無いんじゃないかと考えています。たとえ初めはこだわりがないように思えても、二人らしい理想像やコンセプトは絶対どこかしらに埋まっていると思うんですよ。コンセプトミーティングなどを通してそれを一緒に探していくと、お客様自身も気づいていなかったこだわりを次第に捉えられるようになります。そこで見つけたこだわりをひとつひとつ取り入れていけば、ちゃんと二人らしい結婚式になっていくんです。そうして作り上げた結婚式で、そこに居合わせたゲストの1人にでも結婚式の良さが伝われば、次第にブライダル業界全体にもいい影響を与えられるのではないかと思っています。
―その人たちらしい結婚式をつくることを大事にしているのですね。
そうですね。最近のお客様は、ただ結婚をお披露目する場ではなく、自己表現の場として結婚式を求めているような気がしています。私自身も、結婚式だからこそ自由に自分らしくいられると思っていて。ドレスを着てヘアメイクさえすれば、それを花嫁姿と呼ぶことはできるけど、それではただ型にはまっているだけなんですよね。どんなドレスを着るかとかどんなヘアメイクをするかって、自分は本当はこうありたいんだっていう自己表現であるべきだと思うんですよ。それはある意味、「着飾る」というよりむしろ「脱ぐ」というほうが近いと感じます。
―結婚式という特別な場だからこそ、普段は出せないような、なりたい自分をそのまま出すことができるということですか。
皆、どこかにそういう意味での素を出せる場所を探しているような気がするんですよね。これは結婚式の話ではないんですけど、私の同級生のすごくおとなしかった子が、急に水商売のお仕事を始めたことがあって。それですごく綺麗になった彼女を見て、こっちが本当の姿なんだな、って思ったんです。今結婚式を挙げる人も同じで、結婚式のそういうところに魅力を感じている人が多いのではないでしょうか。
ただ、派手で豪華な花嫁姿が必ずしもその人にとって良いものになるわけじゃないんです。「ドレスアップ」「メイクアップ」という言葉の通り、ドレスは自分の美しさを引き上げてくれるものであるべきだと思うんです。あくまで普段の自分の延長線上で着たいと思えるドレスを選んでほしいですね。
―そのような結婚式を作るために佐伯さんが心がけていることは何ですか。
お客様主体で式を設計していくことです。何を決めるにしても、お二人がどんな目的で、何を体現していきたいのかを考えながら設計していくっていうのがやっぱり真ん中にあります。
そのためには、心は込めるけど自分の感情は入れないように気を付ける必要があって。私の趣味嗜好で決めたものをそのまま提供しても、それでは佐伯エリが作った結婚式にしかならなくて、その人たちの自分らしさを最大限引き出すことはできないと思っています。
―話し合いの中で、お客さんが決めたことに思うところがあっても、それは言わないようにするんでしょうか。
お客様が希望する結婚式の形が、私が話を聞いて感じる二人の価値観とズレていることはたくさんあって。そういった場合は、まずそれをやりたいと思う理由をちゃんと聞くようにしています。理由を聞いて、それでも私が二人の価値観とは逸れていると感じたら違うと思うってはっきり言います。でも、二人がよく考えて納得して選んだもので、二人にとって意味のあるものになると感じたら、その方向に沿って作っていきますね。お客様の中で「これがやりたい」という思いが先行している場合、それをやる意味を見出すお手伝いをするのが私の仕事だと思っています。どんな進め方をするにしても、その二人がこれまで何を感じ、これからどう生きていきたいのかを紐解いていく手助けをして、結婚式当日にそれを表現するためにはどうするべきかを一緒に考える、という意識を持つようにしていますね。
―より自分たちに合った選択に気づけたり、なんとなく選んでいたものに意味を見出せたりと、式の準備を通して、自分の思いに対する認識が変化することがあるんですね。
そうですね。自己表現の場になるように結婚式の準備を進めていくと、カップルは自分自身と向き合うことになるんですよね。だから、式に関することに限らず、根本的な認識が変わることもあります。
コンセプトミーティングの中で、ご家族の話になったときに、「父とは仲が良くないんです」と言っていた新婦さんがいて。でも、私がお父さんのお仕事とか人柄について聞いていくと、お父さんの尊敬するところがたくさん出てくるし、しかもそれが結婚相手を選んだ理由と重なっているんです。そうやってその方は、今まで嫌いだと思っていたけど、その中にも実は好きな部分があることに段々気づいていったんですよね。そうやって結婚式を通して自分自身や自分の気持ちと向き合うことで、今まで気づかなかったことに気づけて、自分の価値観への認識がガラッと変わることがあるんです。
―自分自身と向き合うことが、より良い結婚式を作ることに繋がるということですか。
お客様が自分に向き合った分だけ、今までの人生がぐっと詰め込まれた、意味のある結婚式になると考えています。結婚式は非日常的な空間ではあるけど、自分らしさを表現するための場だから、日常と地続きの非日常なんです。いつもと違うどこかじゃなくて、いつもの先にあるものだと思うんですよね。 自分の足で登れる場所にある非日常が、人生において意味あるものになると思います。
そうやって作り上げた非日常は、一瞬で終わってしまうものであることには変わりないけれど、その先の普段の生活にまでちゃんと返ってくるほどの大きなパワーを持っていると思うんです。非日常の中だけで大きく変わろうとせず、今までの自分を見つめ直すことの繰り返しから逃げないことが大事なんじゃないですかね。
結婚式においては、規模の大きさやビジュアルの目新しさではなく、自分たちの内側から出るもので作り込んできたかどうかということを大切にしてほしいです。
―結婚式がその後の生活に影響を及ぼすことを実感した経験はありますか。
私自身、自分の結婚式が強く記憶に残っているし、日頃その記憶に励まされることもあります。また、それは式を挙げた当事者に限る話じゃないと思うんです。6人兄妹の新郎さんの挙式を担当したときに、みんなでお母さんに感謝を伝えようということになって。その演出として、新郎さんたちが子どもの頃よくやっていた電車ごっこをしながら、兄妹みんなでお母さんのところへ行くというサプライズを用意したんです。ご兄妹のうちの一人がそのときみんなで着けていたリストブーケ(註3)をすごく気に入って、会社のバッグにずっと付けていて、見るたびにそのときのことや家族のことを思い出して励まされているみたいなんです。そのご家族にとってどんな演出が良いのかをちゃんと向き合って丁寧に作り上げたからこそ、周りの人たちも含め強い記憶として残ったんだと思いましたね。
―そういった感覚は、式を挙げないという選択をした場合は得られないものなのでしょうか。
正直、挙式をするかしないかはどっちでもいいんです。どちらの選択が二人に合っているのかは、カップルそれぞれで違うと思います。挙式をしなくても、お揃いのものを買って結婚の印にしたり、記念写真を撮ったり、旅行に行ったりすることで結婚の節目を迎えているカップルはたくさんいて。その人たちを、式を挙げていないからという理由で何か獲得していないとするのは違うような気がするんですよね。自分の価値観にフィットしていて、自分たちで納得して選んだものなら、大切な思い出になることには変わりないと思います。私がフォトウエディングなどの挙式をしない形式のプランニングをするときは、私が携わることで二人にとってより大切な思い出になるように、小さな演出を施すことが多いです。例えば、ドレスアップしたお互いの姿をお披露目するための時間を設けたり、あえて指輪を交換するためだけの時間を作ったりします。そうすると、カメラマンがいることも忘れて、自然に感情が動いている写真が撮れるんです。
―今後、結婚という節目を挙式以外で迎えるカップルは増えていくと思いますか。
コロナの影響もあって、フォトウエディングなどの市場は拡大しているし需要も高まっていると感じます。ただ、私が懸念してることは、今後それが産業化していったときに、結婚式と同じ過程を辿ってしまうことです。写真を撮るだけの手軽なものだとしても、その中にあるクリエイティブな側面については当事者も事業者も真剣に向き合い続けないといけないと思っています。これがおろそかになってしまうと、いつかは写真すら撮らない未来になってしまいそうですよね。
―近年は、結婚式に限らず、形式ばかり重要視して、本来そこにあるべき意味を見落としてしまいがちな時代だと感じます。当事者である私たちが大切にすべきことはなんでしょうか。
自分で選び取ったものの意味は、後からでも自分でつけていくものであって、誰かがもたらしてくれることはないんです。それを忘れないでいてほしいですね。ここ25年くらいはインターネットの影響で日々触れられる情報量が何十倍にもなったと言われていて、同時に選択肢も増えました。つまり、私たちはいろんなものをその都度取捨選択しなければいけなくなったんです。その中で自分を見失わないようにするためには、自分の意思がすごく大事になってきますよね。どんな選択でも、自分の手で選び取るっていう意識がないと、本当の意味で自分のものにならないと思います。日常が色濃いものになるように、自分が何を思って、どうしたいのかを考えることから逃げないで欲しいです。それを続けていれば、次第にひとつひとつの選択が自分の人生を励ましてくれるものになると信じています。
(註1) 家族や友人など式の列席者が証人となって執り行う挙式スタイル。場所や文言の制約がなく、個性を出すことができることが特徴的。
(註2) 神道の神々に結婚を誓う日本独自の挙式スタイル。多くは神社で執り行われる。教会で聖書に則って、永遠の愛を誓うのはキリスト教式と呼ばれる。
(註3) 結婚式の演出に用いられる手首用のブーケのこと。「リストコサージュ」「リストレット」と呼ばれることもある。造花の場合は保存することができる。