ミニマリストとは必要最低限のモノで暮らす人たちのことである。モノを持ちたいという物欲は誰しもが持っているが、行き過ぎた物欲は身を滅ぼす。一方で物欲などの何らかの欲望があるからこそ人は行動するという一面もある。自分の物欲と上手く付き合う為のヒントとしてミニマリズムは参考になるだろう。今回は、『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』というミニマリズムに関する書籍の著者である佐々木典士さんにインタビューさせてもらった。


欲望は肥大化する

——なぜミニマリストになったのですか 。

僕は昔も今も物欲がものすごくあるんですよ。今でもあまり買いはしないんですけどモノはとても好きです。雑貨店に行ったり、民芸品や手仕事を見たり……。とにかくモノが大好きなんですね。大学生の頃はまだモノもそんなになかったんですが、社会人になって一人暮らしも長くなっていくうちにモノってどうしても増えていくんですよね。オークションで夜な夜な要らないアンティークをよく落札していました。変なワニ革のバッグを買ったり、絶対自分では使わないんですけど(笑)。物欲はすごくあって、そういうコレクション欲もあったんです。ただ致命的にモノの管理は苦手で部屋は見事に汚れていました。片付けもできないし、掃除や家事もできない怠惰な人間。自分はそういう性格の人間なんだと思っていました。だからずっと悶々としていたんでしょうね。ミニマリズムと出会ったのは、33歳のころでした。はじめてミニマリストという言葉を知ったとき、どういうものか分からなかったのでインターネットで調べたんです。すると、持ち物を15個しか持たずに世界中を旅するアンドリュー・ハイドや、何もない部屋で座禅を組むスティーブ・ジョブズの写真が出てきて。それを見たときに、自分もこうなりたいと強く惹かれた。モノが少ないことよりもその先にある自由を感じたんだと思います。結局僕の場合、物欲と同じくらい身軽に移動したい、フットワーク軽くいろんなことを経験したいという欲望も強かったんですよ。それらがぶつかったときに、今は後者を選択しているということです。

——さまざまなものに対して 欲望が強いのですね。

いろいろなことを経験したい、新しいことをできるようになりたいという気持ちは強いですね。例えば今も乗り物は全部運転できるようになりたい、というような欲求はすごくあります。バイクは大型まで取ったので、次は船舶とかジェットスキーの免許を取りたいなとか(笑)。

——そのような欲求をかなえるために、モノを持たないことで他の欲求に向かう力を増やしたということでしょうか。 

今になって振り返るとそうなっている部分もあると思います。部屋が汚かったときは外に出ていこうという気持ちになりませんでした。その前に片付けぐらいしろよとモノから言われていた気がしたんです。片付けて部屋がいつもきれいになると外にいつでも飛び出ていくことができる。生活もしやすくなって時間にも心にも余裕ができて、いろいろなところへ旅をしたり新しい経験をしたりするようになりました。それに関してはモノが少ないことや生活が簡素だということはすごく役立ちましたね。そうすると、新しい国に行きたいとか住みたいとか、新たな欲望も出てきます。でも、欲望も強すぎると苦しいというのはあると思うんですよ。例えば性欲とかね。10代、20代のころって思い出しても苛烈なもので、まさに身を焦がす炎だった。物欲とかもそうで、あれも欲しいこれも欲しいとなると、切りがなく辛くなってしまうので、欲望をマネジメントするのも大事なんですよね。自分が辛くなるまで欲望を肥大化させないというか。欲望を追求してると他の人を傷つけちゃうこともありますしね。 

——ミニマリストとして活動していると、物欲に敏感になっていくと思うのですが、佐々木さんが物欲との付き合い方で何か心掛けていることはありますか。

自分が幸せだなと思うハードルは上げないようにしています。すごく具体的な例ですが、今治タオルってあるじゃないですか。この前、愛媛に行ったときに今治タオルのすごく素敵なお店に行ったんですよ。触ると本当にフワフワで気持ちよくて、思わず家にあるタオルを全部そのタオルに変えてしまいたくなる(笑)。でも、結局見て楽しむだけにして帰ってきました。極限までモノを削っていたとき、タオルを手ぬぐい一枚だけにしていたんです。髪も短いし、てぬぐい一枚だけで身体を拭ききれて、手拭いだから次入るときまでには乾く。そうすると本当に一枚だけでまわせる。で、たまにビジネスホテルとかにあるどうでもいいペラペラのタオルを使うじゃないですか。もう感動ですよ。タオルってなんて吸水性が高いんだろうって。すごい、タオルすごいって。幸せは落差で感じるものだからそういう風に勝手に自分で作り出せる。最高のタオルが身の回りにあるのもいいけど、それだとどこかの温泉行ったときに普通の質のタオルだと嫌に思ったりするかもしれない。

——それが欲望を肥大化させないコツなのでしょうか。

どんどん良いものに変えていくという形の喜びもあると思います。でも、風邪を引いて健康体に戻るだけでも普通の状態ってなんてありがたいんだろうって思うじゃないですか。失われたものを取り戻すだけでも幸せは感じられる。自分が満足できるハードルってどんどん上がるので、それが大きくなりすぎないようにはしてますね。例えば、子どものころだったら五百円、千円のお小遣いもらったらめちゃくちゃ嬉しかったと思うんですけど、大学生だったらまぁ一万円ねって思うわけですよね。一万円貰ったとして、もちろん嬉しいんだけど、さらに追加で貰う一万円はその前に貰ったときと比べてどうしても喜びは減る。欲望を肥大化させるとまずいことも起こり得ます。例えばフォロワーが百人の人から見たらフォロワー一万人の人は羨ましく見えるかもしれない。でもフォロワー一万人の人から見ても、フォロワー百万人の人は同じように眩しく見える。じゃあその憧れを実現しようと手段を選ばなくなったらまずいですよね。それを追求する過程で今までやってきたはずの地道な面倒なことができなくなって効率的な手段しかとらなくなったりする。それでダメになっている人はいくら有名な人でも本当に多いですからね。

「自分」を持つ

——佐々木さんは著書の中で、私たちは「モノ」自体を自分を表す存在と考えることで、モノを余計に持つようになってしまうと書かれていました。SNSが普及している現代、承認欲求と物欲の関連性は高いですか。

現代のモノの買い方として、自分がそのモノをどう思っているかではなく他人がそれをどう思うかを知っていて買うことがあると思うんですよね。例えば、ハーレーダビッドソンっていうかっこいいバイクがあるんですよ。ハーレーに乗って、革ジャンとか着たら確かにかっこいい、走る姿を見て憧れる。でも自分がこれに憧れたんだから、他の誰かもそれに憧れるはずだと期待してそれを買うときもあると思うんですよ。それを手に入れて走ったら、きっと昔の自分みたいな誰かが憧れるはずだ。そういう欲望の持ち方。型みたいなものがあって、それをなぞるような側面が欲望にはあると思っていて、そういうのはつまんないと思いますね。 

自分がやっていた白シャツを着て、何もない部屋で座禅を組んで、マックブックを使って、みたいなミニマリストのイメージも残念ながらすごく消費されてしまったと思います。そういうものに憧れてそれをなぞった人はすごく多いと思います。そういうのって正直ゾワゾワしますよね。僕にとって、ミニマリズムは世間で良いとされているものではなくて自分で良いとするものを見つけるための手段だったんです。でも、それもまたひとつの型を作り出してしまった。憧れのミニマリストがおすすめしているグッズをただ買うのなら、広告に踊らされてモノを買うのと全く同じですよね。

——ミニマリズムという言葉がどんどん先行してしまって、本来佐々木さんの忌避していた型にはまってしまっているということでしょうか。

なんでもそうだと思うんですが、文化ってアンダーグラウンドで始まったばかりの時はすごく面白くて、でもみんながそれに賛同して集まっていくうちに、だんだんつまらなくなっていくんですよね。だから誰かがこれがよかったよって既に言ってることばかりをやるんじゃなくて、荒野を進んでほしい。未知の領域を進んでいる時がいちばんおもしろいですから。

——今までの話を聞いていると型にはまりにいくのがあまり好きではないように感じるのですが、等身大の自分で満足することを大事にしているのでしょうか。

等身大というより個人的な体験を大事にしたいと思っています。例えば、分かりやすくSNSに上げられる良さみたいなのってあるじゃないですか。話題のスイーツのお店に行ったり、みんなが知っている絶景スポットを撮影したりしたらインスタとかに上げたくなると思うんです。でもそうじゃない地味でいいことっていっぱいあるじゃないですか。家の掃除をして肯定感が増したりとか、トイレ掃除してスッキリしたぜ!とか、そういうのってSNSに上げるような華々しいことではないですよね。僕は今コロナで実家にいるので、畑や庭の草抜きをしたりしてるんですけど、そのときに土を触ったり、それでミミズが出てきたりだとか、そういう体験もすごく感動するけど、わざわざ他人に伝えようとは思わないし、伝えてもわからない。言葉だったり写真にしても伝わらない感動っていっぱいあって、例えばバイクに乗ったことのない人にバイクの気持ち良さを言葉でいくら説明しても分からないと思うんですよね。だからそういう個人的な楽しみを大切にしています。それは別に有名にならなくても憧れられる存在にならなくても皆感じられることですからね。競争ばかりだと苦しいので、そこから離れた個人的な楽しみを持つっていうのは大事だと思っていますね。 

「自分」に満足する

——ミニマリストというと欲望が無いのかなという印象がありましたが、佐々木さんは真逆のスタイルですね。

難しいのは欲求が0だと何か行動しようっていう気にはならないわけじゃないですか。やっぱり自然な性欲もあるから彼女が欲しいとか思えるわけで。要するに今言われたりする草食化って、ネットでポルノが無料で手に入るようになって、それで自分で満足してるから、日中はみんな賢者化してるってことだと思うんですよ。草食化したわけじゃなくて常時賢者モード。欲望がないんじゃなくて、常に解消されている。

——今の日本人は欲望が満たされているということでしょうか。

欲望の話になるといつも出てくる話ですけど、日本人は水を飲む、ご飯を食べる、安全に暮らす、といった生理的な欲求はほとんど満たされているんですよ。そのもっと先の人から尊敬されたい、承認されたい、といったことで悩んでる人が多いと思います。僕だって承認欲求が無いわけではないし、本を出したりしたことで、それがある程度満たされたような感覚もあるんですよね。でもこれ以上有名になったら、有名税みたいな、困ることも面倒なこともいっぱいあることは良くわかっているつもりです。ぼくは編集者として芸能人と接する仕事をしていたので、端から見る芸能人は本当に大変そうでした。

——スキャンダルなどに怯えて、ということですね。

それだけじゃなく、さきほども言ったような欲望のハードルが上がりきっている人もいれば、売れっ子なら時間がぜんぜんなくて、ストレスも溜まっているからまわりの人に冷たい人もいる。芸能人って憧れられる存在だけど、もしかしたらデメリットの方が大きいかもしれないですよ。フォロワーも多いと良い感じはするけど、それだけ自分の言動をチェックしている人がいる、向けられている銃口が多いということでもあるんですよね。マーケティングみたいなものに自分が悪影響を受けることもあると思います。こういうことを言うといいね、がつきやすいみたいなのは僕でもわかるんですよ。ミニマリストっぽいことをつぶやくと、いいねがいっぱいつきますからね。でも逆に自分が本当にこういうことが今おもしろい!と思うことを言っても全然反応がなかったりするんですよ。でも期待にあまり引きずられると自分がしてきたことの再生産だけすることになりますからね。

——他人から求められているものを追求してしまうとどこかで限界が来るというのは個人的な体験を大事にするというのにつながっている気がしますね。

工藤夕貴さんというハリウッドで活躍している有名な女優さんがいます。ハリウッドは、オーディションを勝ち抜かなければいけない厳しい世界です。彼女はそういう世界で100パーセントでやっていくのはきついから、富士山の麓でオーガニックの農業をやったりカフェを運営したり、そういうこともやっているんですよ。それは完全に彼女自身の個人的な楽しみだと思うんですよね。手塩にかけて種から育てて、それが大きくなって採集してそれを食べたりして、そういうものは完全に個人的な喜びじゃないですか、それはそこまでの歴史や時間を知っている自分でしか楽しめないものだから。そういう個人的な領域を持っておくっていうのは大事だなと思いましたね。

——どんなときも拠り所のようなものを持っておいたほうが良いということですか。

自分のやりたいこととかね。これ、誰にもいいねされることじゃないけど嬉しいなって。「自分いいね」がつくっていうかね。

——それは物欲だけでなく、欲望全体に対するかかわり方のコツということでしょうか。

そうですね、それは自分も意識していますね。「これさえあればいい!」みたいなものがあるといいですよね。他の欲望ももちろんあるけど、自分が優先したいものを見つけることが大事だと思います。それが僕の場合だと日々新しい知見を自分の中に取り入れること。その手段が本を読むとか何かを書くとか、新しい体験をするということなんでしょうね。