基準に依存する危うさ

—— 以前のインタビューで、脚本を担当した虚淵玄さんが「PSYCHO-PASS」の社会を「思考停止社会」と形容されていました。作中では、システムに疑問を持たない人間が善良であるとみなされます。これはどういった思いから作られた世界観なのでしょうか。

「PSYCHO-PASS」の中の日本は、個人のあらゆる情報を管理下に置き、それを基に最適化された人生をシステムが各自に提示する社会です。

だから、ちょっと飛躍した言い方になりますが、結局何も疑問を持たないようなバカであればあるほど問題を起こさず、社会にとっては善良な人間なんですよね。

本編では描ききれなかったのですが、「PSYCHO-PASS」における一般的な市民の姿を表すエピソードが一つあって。

ちょっとした事件が起こったとき、犯人を見つけるために目撃者である街中の人に聞き込みをするんです。

だけど、みんな思考や選択を放棄して、治安維持の大部分をシステムに任せているから、基本的に他人の顔を見ていません。

だから誰も犯人の顔なんて覚えていないし、思い出そうとするとむしろ色相(註6)が濁ってしまいます。

でもそれが、「PSYCHO-PASS」の社会にとっての「善良な」市民なんですよね。

—— 自分の意思や選択を委託してしまった結果、人々は考える力を失ってしまうんですね。私たちからすると、狡噛や征陸らのような考えることをやめなかったからこそ潜在犯になってしまった者たちのほうが、すごく人間らしく見えます。

決して何か一つの基準に依存することすべてが悪いとは思いませんが、何かにしがみつきすぎているより、自立して広い視野を持てたり、視点を変えられたりすることが大事だと思っています。

そういうことをできるのがカッコいい人間だし、僕はそういう人間を描くのが好きです。

カッコいい人間とは、行動を起こせる力強さや、自分で判断できる強さ、彼らの生き方それ自体なんです。

それらをしっかり描くことで、初めて本当にカッコいいと思える瞬間が出てきます。

「PSYCHO-PASS」のような、人の行動が制限される社会だからこそ、自分の生き方を模索しながら社会にあらがう人を常に描きたいと思っています。

そういうあらがう強さこそ、僕が描いていきたい人間像なんです。

—— 今後の「PSYCHO-PASS」について、何か展望はありますか。

これから先どうするかは具体的にはお話しできませんが、ただ、よく「シビュラを打倒する話を作ったら?」と言われるのですが、それをいきなり見せることはできないなと思います。

以前、荒廃した世界の支配者層を打倒し、彼らに独占されていた資源を平等に使えるようにしてハッピーエンドという映画作品を観ました。

僕はそれを観て、これからが大変だよなと思いました。

もちろん完璧ではなかったけれど、ある程度の規律を作っていたコミュニティを「それは不条理だ!自由を!」と言って、後先考えずに全て壊してしまうのは見方によれば少し無責任です。

シビュラシステムを壊すことに関しても似たところがあって、いつか電源を切るときが来たとして、いきなりそれをやったところで社会には混乱しか生まれない。

それならば、シビュラシステムが要らない社会とはなんなのか、それを作るにはどうしたらいいのかを段階を踏んでしっかり描いていかなければならないなと思います。


—— 最後に、読者である若い世代へ何かメッセージがあればお願いします。

「PSYCHO-PASS」は、自ら破滅へ向かって進んでいく人類と、それにあらがい続ける人々を描いている作品です。

皆さんにも、うまくいきそうにないからといって希望を捨てるのではなく、あらがってほしいと思っています。

僕も、やる前に難しそうだなとか、大変そうだなとか思うことは何度もあります。

でも、思いついちゃったし、こっちのほうが面白そうだと思ったらやりたくなるんですよね。

はなから諦めるんじゃなくて、なんでもかんでもがむしゃらにやってみれば、理想通りにいかなくても意外とそこからまた違うものが見えることもあるので、一生懸命頑張る大人になってほしいなと思います。

すごい単純ですけど(笑)


『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズ

人間の心理状態や性格的傾向が数値化できるようになった未来。個人の魂の判定基準となったこの計測値を人々は「サイコ=パス」の俗称で呼び習わした。あらゆる心理傾向が記録・管理される監視社会で、新たに生まれ続ける犯罪に立ち向かう刑事たちの姿を描いた近未来SFドラマ。

塩谷直義(しおたに・なおよし)

アニメーション監督、演出家。1992年よりアニメーターとしてキャリアをスタート。2005年『BLOOD+』第3期OPで注目を集め、2012年『劇場版BLOOD-C The Last Dark』では監督を務めた。2012年からスタートした『PSYCHO-PASS サイコパス』シリーズでは、シリーズを通して監督を務めている。

(註1) 本広克行 監督・演出家。代表作は『踊る大捜査線』シリーズなど。「PSYCHO-PASS サイコパス」第1期、劇場版では、総監督を務めた。

(註2)虚淵玄 シナリオライター・小説家。代表作は『Fate/Zero』『魔法少女まどか☆マギカ』など。「PSYCHO-PASS サイコパス」第1期、劇場版では、ストーリー原案・脚本を担当した。

(註3)「PSYCHO-PASS」に登場する、街中に展開された街頭スキャナーなどから人々のあらゆる生体反応を計測し、心理状態や性格の傾向までも数値化するシステム。犯罪に関わる思想傾向の数値は特に「犯罪係数」と呼ばれ、これに基づいて刑が執行される。

(註4)作中で、犯罪係数が100を超え、たとえ罪を犯していなくても「悪意」を持つものとしてみなされた者を指す呼称。矯正施設に送られるなど、社会からの隔離措置を取られる。その中でも特に300を超えた者は、即時抹殺処分される。

(註5)理想郷を意味する「ユートピア」の対義語。政府などにより作られた徹底的な管理社会を指す場合が多い。

(註6) 作中に登場する、人間の数値化された精神状態の表層的な部分を視覚的に色で表したもの。ストレスが無くポジティブな人間であるほど色相は白に近づき、逆にストレスが多くネガティブであれば色相は黒に近づく。