善と悪。人間が発明したこの境界線は、地域により、時代により、様々な形に変化する。この境界線に、絶対的な答えは存在するのだろうか。オリジナルアニメシリーズ『PSYCHO-PASS サイコパス』(以下「PSYCHO-PASS」)が描く近未来の日本の人々は、あらかじめ決められた基準に従って罪を犯す前に裁かれ、罰せられる。この作品が見せる善悪は一見とても明確であり、確実に社会の治安維持に寄与している。しかし、現実世界の私たちから見たとき、それは本当に正しいものだと言えるのだろうか。監督を務める塩谷直義さんと共に、善と悪、この二つの朧げな実態を探っていく。


数値化された社会

——塩谷さんは「PSYCHO-PASS」TVアニメ第1期から現在に至るまで、監督として制作に携わっていらっしゃいます。制作が決まったきっかけや初期構想はどういったものだったのでしょうか。

10年くらい前に、僕が所属しているProduction I.Gと本広さん(註1)とでオリジナルアニメーションの企画を立ち上げたのが始まりです。既存のアニメ作品にはない、新しい世界観の警察群像劇を描きたいという思いからスタートしました。虚淵さん(註2)には企画途中から参加していただき、現在の「PSYCHO-PASS」の大枠が決まって形になっていきました。企画初期から現在まで「PSYCHO-PASS」に常に携わっているのは僕だけになっていますね。それだけ長く作品を作る機会を頂いているということなので、企画自体の器を頑丈に作ることができたんだなと感じています。

——「PSYCHO-PASS」は、人間の心理状態や性格的傾向を数値化し、それを基に社会を管理することができるようになった近未来の日本が舞台となっています。この設定は、どのようにして出来上がったのでしょうか。

「PSYCHO-PASS」の世界観を作っていく過程で、将来的に不安要素となり得る現代人の特徴とは何か?を話し合いました。そこで話題になったのが、数値化された指標が人間の基本的な判断基準になって、自分自身の判断や考えで考え判断することがどんどん希薄になってきている、ということです。例えば、おいしいまずいより、カロリー、糖質の量などの数値を基に食べるものを選ぶことってありますよね。また他人の評価をSNSのフォロー数や視聴回数のみで判断してる人は多い。数値化することによって、複雑なものを単純化することはできます。けれど、それは複雑であるはずの複合的要素を切り捨てている事を忘れてはいけません。特にそこから生まれる負の側面を見落とさないようにすことに留意しないと見誤ります。

100年後の未来、数値がもっと人間の判断基準の確固たる柱になったとき、これまで言葉で表してきた道徳的なものすら数値化されるかもしれません。数字イコール正義になってしまった近未来で、その正義を問い直す、ここを意識して物語を作っていきました。特にシビュラシステム(註3)はこの物語の核となる存在であり、今お話ししたことを具現化したものになります。システムが提示する数字が社会全体の基準になったとき、その絶対的な存在価値に対して人人々にが思考や生き方をもう一度考えさせる絶対的な存在る象徴として登場しています。