まちとカルチャーはつながっている。

――Zeebraさんは自身の音楽活動と並行して、テレビ番組『BAZOOKA!!! (高校生ラップ選手権)』『フリースタイルダンジョン』の企画、日本初のヒップホップ専門ラジオ局WREPの開局など、さらにヒップホップカルチャーがはやるような環境づくりに力を入れていらっしゃいます。2016年には、まちとカルチャーをつなげるリーダーとして「渋谷区観光大使ナイトアンバサダー」に就任されましたが、どのような活動をされているのでしょうか。

よく芸能人のかたがたがやっている観光大使の夜版というスタンスで、渋谷の夜の楽しさをプロモーションする仕事をしています。ただ、俺はその仕事だけではなくて、より行政に近いことをしてまちとカルチャーを両方盛り上げようと思っていて、それを実現しうる、「ナイトメイヤー」という新しい制度を整備しようとしています。

――ナイトメイヤーとはどのような制度なのでしょうか。

読んで字のごとく夜の市長という意味で、行政における市長に対して、行政と夜のまちの仲介をする役割の担い手、いわば夜のまちのリーダーを擁立する制度です。まちのなかでお店を営む上で生じた問題を、夜のまちを代表してナイトメイヤーがまちのかたと相談したり、行政に報告して新しいルールを整備したりして夜のまちをよりよくしようとする仕事なんです。もともとナイトメイヤーの制度は、オランダのアムステルダムから始まりました。制度が整備されてから深夜の犯罪率が三十パーセント減少したそうで、この制度には、まちと人々が同じ方向を向いていける力を感じています。

ちょうどいま、今年の十一月に渋谷でナイトメイヤーを決める選挙をやろうと動いていて、渋谷の商店街のかたがたにアンケートや直接でのお話を伺っているところで。この前も道玄坂の商店街のかたにお話を伺いにいったら、「実際夜のことは、行政はなかなか注目してくれないよ」「そういうのができるのであれば、本当に頑張ってもらわないと」というお話をいただき、渋谷の商店街のかたがたの声は悲痛だなと感じました。当たり前だけれど、昼間に働く人が夜中三時半に何が起こっているのかまで全部把握することは難しいことですよね。だから夜に活動する人たちで夜のまちをコントロールして自浄作用を持たせる。そしてときには行政と一緒になって何かを進めていけるとまち自体がもっともっと面白くなってきますよね。

――ここまで先進的な取り組みを行うのは国内でも珍しいのではないのでしょうか。

実は渋谷区の行政にも実験的な取り組みに挑戦するスタンスがあって、結構協力的なんですよ。以前、長谷部健渋谷区長と対談をさせていただく機会があったときに、彼から「渋谷から始まったカルチャーはすべてストリートから始まっています」というパンチラインが出たんですよ。彼自身、進歩的な方針を持っているのだけれど、渋谷区としてもまちからカルチャーが生まれる意識が強いんです。それだけ渋谷のカルチャーに誇りを感じてもらえている。だから渋谷区は、なかなか試せないことにどんどん取り組んで先進的なモデルタウンになるといいなと思いますね。そしてそこでうまくいったシステムがスタンダードになって、他のまちにも導入できるといいですね。

――Zeebraさんにとって、渋谷というまちはどのようなまちですか。そして将来の渋谷はどのように変化していくのか、あるいは自分がどのように変えていきたいとお考えですか。

もちろん渋谷は長い歴史を持つ大きなまちであるけれど、俺も渋谷というまちと一緒に生きてきた感覚があります。自分が学校の帰りにたむろしていた当時から現在に至るまで、俺はいろいろな形でその歴史に関わってきたと思っているから、いままでの渋谷の歴史と一緒に成長してきた感じがすごくある。だからこれからも一緒に成長していきたいですね。

おかげさまで、日本で一番有名な観光スポットがスクランブル交差点になったそうで、そういう意味でもたくさんの外国のかたがたにも注目していただけるようになっている。だからまずは、当たり前のようにアジアで一番渋谷がやばいと言われるような、アジアをリードしていけるようなまちにしたいですね。

カルチャーはまちを変革する。

――渋谷区は大きな将来性を持っていますが、全国のすべてのまちが渋谷区のように活性化しているとは言えない、という現状があります。過疎化や少子高齢化などのさまざまな問題が山積するなかで、これらのまちに再び活力を取り戻すためには何が必要だとお考えですか。

 活力がないということは、そのまちには、大雑把にいうと「刺激」がないのだと考えていて。ここで言う「刺激」というのは、ここにいたら何かが起きるかもしれないという可能性のことであったり、ライフスタイルで素敵だなと思わせるもののことを指しています。つまり地元を出た若い人が自分の地元に戻りたくなる、あるいはそこが地元ではない人が遊びに行きたくなるようなものがないと、まちに活力は取り戻せないと思うんですよ。過疎化や少子高齢化が進んだまちをいきなり渋谷みたいにするのはできないわけだからアプローチの方法は全然違うけれど、必ずどんなまちにも活力を取り戻すきっかけはある。たとえば、年に一、二回大きなフェスがあるだけで、そのまちは有名になりますよね。そういう風に外からの働きかけとそのまちの歴史やライフスタイルとをうまく結びつけながら、その地域ならではのものが生まれたら面白いのかなと思います。

――日本全国のまちを「刺激」あるまちに変えていく上での着眼点はありますか。

俺は、特に夜の使いかたをもう少し考えたほうがいいと思っています。最近は、神社とかお寺でも、深夜までパーティをやったらいいじゃんとよく言っているんですよ。ただ、日本ではまだ深夜は寝るものだと思う人や、歴史的、文化的な空間をそういう使いかたで、しかも深夜に使うというのはありえないと思う人が出てくるかもしれませんね。

――確かにいままでにないアイデアですが、なかなかの反発も想定できます。

でも、よくよく考えたら、神社ってみんなにとって一日中安心できる場所なんですよね。この前、子どもたちだけで元日の深夜に初詣に行くって言い出したとき、そんな夜の時間帯に外に出ても補導されないかと思ってググったことがあったんです。そうしたら、正月の深夜の神社はどうやら補導されないらしくて。つまりそれぐらい神社はみんなが安心できる場所として認めてられているということなんですよね。せっかくそういう場所があるのであれば、もっと若い人たちと年配の人たちの世代がそこで一つになっていければ本当にいいのになあと思います。あとは、世界的にみてもある意味では欧米化がガンガン進んでしまっていることを考慮する必要があると思います。大部分の建物は日本家屋というよりかはビルだし、俺らはいま当たり前のように洋服を着ているわけだし。歴史的な空間であることを理由にしてそういうことをするのはけしからん、と頭ごなしに否定するのは違うんじゃないかと思います。とにかく日本は無駄に遵法意識が高すぎるので、そこの枠から外れることを考えることすら「反社会」になってしまう。でもその「反社会」のラインの引きかたは間違っていると俺は思うんですよ。

――何が正しいかを考えること自体はむしろ社会にとっても有益なことですよね。

そうですね。だから昔からある祭りをいまの祭りにアップデートさせるつもりで、もっとDJが出て、みんなでガンガン盛り上がって、みたいなものをやれればいいなと思っています。そういうなかから、伝統的な日本らしさといまの時代背景とが一緒になった、新しい日本らしさが生まれてくるのだと考えています。

――まちを変えていくために必要なマインドとして、古来の文化へのリスペクトと新たなカルチャーを受け入れる寛容さが希求されるのですね。

あと、もちろん必要なのは、自分たちがまちを変えていくという感覚だと思います。たとえば、ヒップホップの四大要素の一つであるグラフィティーカルチャーには、そのメンタルとしてヴァンダリズム(註2)が持つ権力や社会へのメッセージという観点に加えて、実はアートによるまちの美化という観点もあるんですよ。そもそもまちをアートで埋め尽くそう、という考えからグラフィティが始まっているところがあります。だから、シャッター街にあるシャッター全部を超かっこいいグラフィティーで埋められたら、新たな観光スポットとして多くの人に注目してもらえるかもしれない。一時期、横浜の桜木町もグラフィティーアートが広がっている高架下のエリアが観光名所になったことがあるくらいだし。

そういう、みんなでペンキを買ってきて塗ったりする感覚が大切だと思っています。どこどこの業者にタイルを頼んで、施工業者にタイルをつけてもらうのではなくて、ときには自分たちでいまあるタイルの上から塗ってしまえ、という感覚が過疎化したまちに求められているマインドだと思います。自分たちの周りにある味気ないものを自分たちで楽しいものに変えていけばいいという感覚は、ストリートゲットーの知恵として昔からある考えかたなんですよ。

――変革は自分自身が主体となることで実現する、このヒップホップのマインドがまちに「刺激」をもたらすと。

そうですね。ときには誰かが変えてくれることもあるけど、誰かが変えてくれると思っているだけではなかなかうまくいかないよね。一人ひとりが変えるんだという自覚は、何かを変えようとする上では当たり前のことだと思います。選挙だって「俺一人が行っても国は変わらない」と思っていたら当然変わらないわけで、それとまちを変えることは同じことですよね。まちと関わることをめんどくさがったり、ただ現状を否定したりするだけではなくて、常に何が正しいかを考え続けながら地道に実を取ることが一番大事なことなんじゃないのかな。

突然に状況がひっくり返ることなんてそうそうない。それでも世の中は自分たちの手で変えられるものだと確信しています。本気で大切なものを語れば、そして動いていけば、ルールを変え、世の中をも変えられる。だから自分がこれはこうあるべきだと思うのならば、どんどん動いていくべきだと強く思います。

(註1)渋谷区宇田川町にあった、90年代におけるレコード屋が集中していた地域の愛称。

(註2)文化財や公共物を破壊する行為のこと。一般に忌避される行為であるが、権力や社会に対するメッセージが内包されており、ストリートアーティストのバンクシーのように評価される場合もある。

Zeebra

1971年生まれ。GRAND MASTER代表。1995年にキングギドラからデビューアルバム『空からの力』をリリース。1997年にはシングル『真っ昼間』をリリースしてソロ活動を始めるなど、黎明期から日本のヒップホップシーンを牽引している。またヒップホップ・アクティビストとして、2016年に「クラブとクラブカルチャーを守る会」会長として風営法の改正に導く。同年に「渋谷観光協会ナイトアンバサダー」に就任し、カルチャーからまちを変える活動にも取り組んでいる。